忍者ブログ

その人が何処から来たかなど、どうでもいいではないか。 どんな地位にあるか、どんな功績があったのか、どんな血筋を引いているのか、など全くどうでもいいではないか。 ただ、その人の行いを見よ。 今ここに於いて、何をするのかを見よ。 行いが正しく、羞恥があり、身と心を慎んでいるのであれば、その人は生まれがどうあれ、今から高貴な人ではないか。

ポカラやカトマンズ以外のネパールでコーヒーを頼めば砂糖たっぷりのミルク コーヒーが出てくる。

ブラック コーヒーと言う概念がない。

そして砂糖が入らないコーヒーと言う概念もない。


他の国のお客さんは砂糖入れ、砂糖なし、ブラック、ミルクは6:4でブラックと砂糖なしを飲む人が多いのだが、インド人とネパール人は1:9でミルクと砂糖が入らないと飲まない人が圧倒的に多い。

だからミルクが無くなった時点で閉店・・・ になる。

本当に好きな人はブラックを飲む。砂糖なしで。だからこれはコーヒーが好まれていない、味が知られていない、文化にない証。

先ずはブラックよりも先に砂糖の度合いを何とかしないと!

あんなに砂糖を入れたなら、コーヒーの味などしない。

そして健康にも良くない。


インドのお菓子は砂糖よりも甘いのだが、あの体型を見ても砂糖の取り方は国家レベルの問題になってもいい。

おやつに砂糖をボリボリ食べる程の習慣なら仕方がないのだが、そんなインド人 、ネパール人はいない。

経営する立場からすれば、砂糖は入れて2袋まで。1カップに砂糖を4袋も5袋も入れられては砂糖代がかさみ、コーヒーの値段を上げなくてはいけなくなる。

そしてテイブルに散らばった砂糖の後片付け・・・

砂糖問題はここ特有で、他国の人とは明らかに異なるものです。




PR
知らなかった・・・

そして気付かされる。

この世の0.000000000000000000000001%の人しか、事しか、出会っていない、知らないことに。

それが未来にはある。

過去はこの値に過ぎない。

学校を卒業したらこうだからね!


インディア・・・・

私の大好きな国だが、日本人からすると何て恥さらしな人々が多いのだろう!とインド人シーズンの今 実感する。

自分は日本で育ったので感覚は一生 日本人。

インドでは普通のことでも、日本人には恥に感じられることは多い。


何であんなに食い散らかすのだろう・・・

インド人が去った後のテイブル、床は赤ちゃんの食べ跡と全く同じで日本人には真似出来ない。


何で食べた後に値段について文句を言うのだろう・・・

度ケチと言うか、エフカシー(自己達成能力への評価)が低いと言うか、女々しいと言うか。


何でまるで映画スターのように自分の顔写真を何処でもいつでも撮るのだろうか・・・ 彼等のFacebookは自分の顔の写真ばかり。

これはネパール人にも言えることだが、日本人を含め欧米人もそんな事はしない。


正直 笑ってしまえる程に違うから、いつも笑って終われる。

あと体力がまるでないから、道中にあるうちの椅子はインド人で占拠されてしまう。

体育も部活動もないから、運動は全くしないし、体型も全く気にしない。


本当に自分は全てが真逆のインド人が大好きで、恥知らずだとは思うけれど、対局にいる彼らを眺めているだけでもここに居る価値がある。

ネパールを選んだのも日本とは全く違うからだし・・・

ネパールに住むのもインドに住むのも変わらない。

あと4年と3ヶ月ここでビジネスの勉強をして、さて何処に行こうかな?!



ビジネスをする上で、店には色々と何でもあることが重要だと思っていた。

しかし、その考えは今はない。

「ESPRESO」を中心とした「認識」を変えていくひとつの世界へ。

ひとつの文化がネパールに広まり、コーヒーと言う道具、嗜好品を超えて新たな認識が人々に生まれていくように。

そこにはネパール人の定番の物は必要ない。






うちに来た鈴木さん・・・  60代後半だと言うが全く体力がなく、歩いて3分の日本寺さえ行けずに3晩 停まって昨日 レイクサイドに移られた。

??? てっきり歩いて回って調査されると思っていたが、ずっと資料を作成されているようだった。

食もかなり細く、本当に60代? と思うほど。

うちの父親も60後半だが、全く違って動き回れる。いや・・・ 止まっていられない人。


鈴木さんもそうだが、よく年配の方でネパールに支援に来られる人に出会う。

この国に住んで分かることがあるが、自分がやりたいことは彼等とは違う。

やっぱり認識を変えないと、見ている景色を変えないと、物事は変わっていかない。

その為にここでビジネスをしている。

支援ではなく「変革」を示す。

全ては変わり続けているのだから、変わっていかないと未来はない。

自分も。
今日は土曜日と言うこともあり、物凄い人の数だった。

自分 1人では程ほどに来てくれないと回せない・・・  待てなくて出てしまうお客さんも。

この時期でも人が沢山 来ることは、2年目以降への経験に。

5月も十分にビジネスでやっていける。

果たして雨季に入る6月はどうだろう?



カトマンズから鈴木さん 夜9時過ぎに到着。

駐車場からの上り坂で少し戻されていた・・・  高齢だから移動でかなり疲れたのだろう・・・ 心配だ。

以前に書いた山羊を繁殖させる山羊 銀行の方がだ、今回は地質 水質 調査で来られたようだ。

かなり疲れたのだろう・・・ 注文された食事には手をつけられないで、ベッドに直ぐに横になられた。

初めて自分でお客さんに料理を作ったのだが・・・

明日からは上のチベット女性に鈴木さんの夕飯を作ってもらう事になっている。

1週間 滞在予定だが、あの体力で果たして動き回れるのだろうか?

ここは村。移動手段は歩き。

自分がバイクで何処かに一緒に行く暇はない。

果たしてどんな滞在になるのだろうか?!
今月5日目の閉店。

1日は選挙で1日は電気とソーラーシステムの問題で閉めたので、その他の3日間は自分の意思で閉めた。

スタッフがいた頃は基本 閉店することなく1ヶ月に1日 交代で休んでいた。

スタッフがいなくなってからは6連休に月5日の閉店・・・

8ヶ月やって多少の蓄えが出来た事もあるが、売り上げの呪縛から意識が少し変わった事も大きい。

身体と心と感情に正直に。

疲れたら収入は減ってもいいから休む。

一人だから出来ること、無理できない状況も大きい。


明日から1週間程 日本人のお客さんが宿泊される。

今日はその買い出しと部屋の掃除もした。


宿泊客がいるとその分の収入が計算出来るので、少し気分的に楽になります。

しかし、オフシーズンに入ろうとしている5月に5日間も店 閉めて、2ヶ月間のビザ代払って冷蔵庫も直したので今のところ少しの赤字・・・赤字は 9月 以来。

それでも知り合いに預けているお金の利子8ヶ月分をもらったので、今月も何とか黒字にはなりそうです。


自分はこちら側の人間なので、この様な話しには共感出来ます。

違和感なくスッと入ってくる。

どちら側の人間のなか? が分かる話し。

安定、安心か? 自由か?

どちらでもいいから選んで生きていけばいい。




今日は33度あり、風も無く暑かった。

昨日まではオフシーズン突入を感じさせる人通りだったが、今日は何故か沢山の観光客だった。そしてインド人のお客さんも沢山 コーヒーを飲んで、??? 今までと違った。

既製品をただ出すだけのビジネスではないので、作らないといけない。勿論 ウエーターも後片付けもなので、グループのお客さんだと走り回る事になる。

お陰で体重は20代前半の頃と変わらない65kgまで落ちた。


5年間の1年目はとにかく経験の1年。

先日の嵐で看板は吹き飛んだし、これから2ヶ月間は忙しくはないだろうから、看板も含め色々と変えていこう。



ほとんどコーヒーしかやらないのは非常識で、暑い時期は無理だと言われる。

しかし、コーヒーもあるお店のコーヒーに魅力を感じない。

そうやって皆 常識にとらわれ同じことやってしまう。

歳を取れば取るほど出来ること可能性が減っていいくのが普通ならば、逆を行けばいい。そうすれば歳を取ること即ち可能性、できることが増えていく。

周りに容易く共感されないことが重要です。

3日前の嵐以来 3日間 全く電気が来ない・・・

あの嵐でPEACE of MINDのボード2つが吹き飛んでしまったが、それは問題ではない。営業に係わる重大な問題。

これは昨年の経験で「この村は雨、嵐の後は数日 電気が来ない」事は仕方がないと分かっていたが、ソーラーシステムの充電も底を付くとは・・・

今日は土曜日で出だしからお客さんが来たが、1時間 営業した後に突然 ソーラーの充電も底を付いてしまった。

毎日 曇り、雨ではなく、日中は毎日 晴れて日射があるので、ソーラー充電は心配していなかったのだが、9ヶ月で初めてソーラー充電も無くなった。

エスプレッソ マシーンは全く使えないし、冷蔵庫のアイスクリームも明け閉めしていたら溶けてしまうので、やむ終えなく今日も閉店した。

電気が問題だからソーラーシステムにしたのだが、今日 電話で聞いたら1日最低3~4時間の充電が必要とのこと。2日,3日と全く電気が来ないと太陽充電だけではエスプレッソ マシーンに対応できない。

いつ電気が来るのか?分からない。

これから頻繁に嵐は来る。

その度に数日 電気が来ない。

エスプレッソ マシーンが使えない。

村で電気を必要とするビジネスなんてするものではない! ソーラーシステムがあったとしても。

電気が無くても出来るコーヒー。

グループのお客さんが来たらエスプレッソ マシーン無くしては対応できない。

ドリップにプレスにマキネッタ。

これらを使って出来る範囲で対応するしかない。

Nepal in village coffee house is like it.


After storm



先週末の選挙を境に一気にオフシーズンに突入しようとしている。

売り上げも選挙を境にがた落ちで、選挙前までは1万近くあったものが選挙後 7千、3千、4千・・・ 。

観光客が全くいなくなった訳ではないが、少しの外国人と多くのインド人、そしてネパール人。

インドは色々な面で日本と間逆の国なので、人々の感覚もめちゃくちゃ変わっている。

1杯のコーヒーに対してカップ3つを用意して3人で分けて飲むのはまだましで、基本 長々と話をしては何も買わない。

ネパール人もビジネスにならない事は知っているので、早く行ってくれと追い払う。

超 度ケチなのか本当にお金がないのか・・・

インドはこれから日本を抜いて中国に次いでアジア2位の経済的 大国になっていくが、本当にこの人たちがそうなるの??? やはり国力は人口!!! と言うことか。

でも憎めない不思議な魅力がインド人にはある。

自分が間逆の日本人だから、そう感じるのだろう。



モカ フラッペ・・・・ ???

とにかく暑くなれば売れるものは決まってくる。

冷たいチャイ(ミルクティ)がこの国には無いように、コーヒー = 熱い飲み物としか認識が無い人が殆ど。

次回 店を閉めるときにすることは飾る写真を作りに行くこと。

アイスコーヒーで見栄えが美味しそうなモカ フラッペ、クリーム ソーダ、かき氷、手間を加えて作るアイスクリーム。これらの写真をケースに入れて名詞ではなく画像で見てもらう事が必要。

0.5%だったターゲットを1%に出来れば、オフシーズンでも赤字を出さずにやっていける。

これからが経営もはじめ未知の世界に入る。


うちは外観は賑やかで周りの店との違いは一目瞭然ですが、やっているのは殆どコーヒーだけ。

しかし一人でやっていては空間が出来ないから、新たに産み出せる物が作れないでいる。

先月末は6連休し、今月15日間で3日 店を開けなかった。

全てを一人でやることは即ち、店を頻繁に閉める状況に。

限界と言うか、やることが多すぎて最低限のことしかできない。

名刺はとっくに無くなったし、近々 Billも切れてしまう。

もらう名刺もその時だけで、束になって何処かに置いているので、名刺の必要性は感じないのでもう作らないが、Billは必ず必要なので注文しないといけない。

もう一人 自分がいたのなら、売り上げも健康も状態も創造も何倍も上がるのに・・・

一人で出来ないことを一人でやっている。

部屋のシーツも洗えないし、部屋の掃除は仕事のあとの仕事。

無理だから今日も宿泊客を断った。

気が付けばあと3ヶ月で1年。

こんな状態でも10月から5月は十分にやっていけている。

6月,7月,8月が分からない。

2年目は自分がこんなにも動いていては何も出来ない。

空間を持てる状況にすることが2年目への課題です。



安易な道

誰でもできること

価値は無い


時間がかかる道

皆が避けること

希少だからやがて無限の価値が生まれる



村人はお金をかけて貯水のタンクを置かない

だから数日 水が来ないと大慌て

ルールなんか守らず、他の時間帯にホースを繋ぐ

後は口先で誤魔化すだけ


本当にこの人達に支援なんて必要?

安易な道を選んで、困ったら他に依存??


お金は外国人の自分なんかより遥かに稼げる境遇に依存しているから、誰でも出来る安易な道で生きていこうとする。

そこに疑問とストレスを抱える日々。

だから他人のことは一切 気にしない事にしました。


ここは紛れもなく異国の地。

大きな違いがあります。

日本とネパールの違いは必然です。



恵まれた仕事であったパラグライダー パイロットを辞めたのは価値の低下とその先の崩壊が見えたから。

信じられない人は多いだろうけど、雇われて生きていく事が主流の時代は終わります。

国から社会、そして個の時代 。

誰でも出来る事が仕事にはもうならない時代。

「好きな事をしていては生きていけない時代から、自分にしか出来ない好きなことを仕事にしなければ生きていけない時代」

この世の唯一の真理は変化です。

すべてのものは常に変化し続けます。

時代も同じです。




その先の未来へ。



カフェにはこんなウエーター レディがいて、美味しいコーヒーに華を添えてくれる・・・

理想だし、いつかは!

バリスタだってイケ面がいいし、美女がバリスタならば更にいい。

自分は前者ではないので、味のある雰囲気のあるバリスタになるぞ!


でもやっぱり目につくのはネパールのミルクとの質の違い・・・

美女よりもこのミルクが羨ましい。


今晩ここに戻った。
スタッフが辞め、まだ忙しい時期だが店を閉めてリセットの旅に出た。

暫くするとオフシーズンに入り、ビジネスは売り上げが落ちる。その前の忙しい時期に店を閉めるのは間違いだろうが、強迫観念みたいなものに追われ続けて、売り上げばかりに意識が行き、些細な事で口論となり、村人も少し遠ざかって行った。

スタッフも誰もいなくなった。

この時期しかなかった。

3日間のつもりが精神的に戻れず、結局1週間 店を閉めた。

1週間 閉めてもやっていける・・・ 売り上げに追われた呪縛から自分を解放したかった。

もうろうとした意識が過ぎたあとは自問自答の数日。最後は体調を壊し殆ど何も食べれない2日間。

再びビザの問題がやって来る。スタッフもいない。

店を常に開けられる状態ではない。

自問自答した日々から新たにスタートしなければいけない。


自問自答したタンセンの町
10月20日から6ヶ月間、一緒に働いてくれたスタッフが明日をもって辞めることになりました。

上の絶景レストランも今後 エスプレッソマシーンを置いてコーヒービジネスを始めるそうです。

これからは自分の名前を全面に出して、新たに自分の名前の入った看板を設置し、自分そのものを売りに名前そのものを「価値」としてやっていきます。

バリスタは情熱が全てです。

その違いをハッキリさせます。


まだシーズン中で沢山の人々がやって来ます。

1人でやることになるので、時間の短縮と準備。そして休日兼 買い出しを1週間に1日取って、今までと全く違った経営方針でやっていきます。

自分自身を売っていく。

その始まりです。








髪の毛を切ることも髭を剃る事も出来ない・・・  寝る部屋の掃除は10ヶ月 一度も出来ていない。

それほどまでに仕事に追われて、売り上げに追われている。

何処にでもいるが、お客さんの方が店の人よりも偉いと勘違いしている横柄な家族に嫌味を言い放ち、再度 問題になってきた水不足で勝手にホースを抜かれることが度々になり、村人とも言い争った・・・

一人 限界近くで働いているその疲れが、色々な事で自分を怒り狂わせてくる。

闘って生きている証と思うしかない。


依存するな! 自立しろ!!!

過去から今を生きるな!未来から今を生きろ!!!

お前もこの国も。
1年目は分からない事が多い。

1年の12ヶ月間。9月からの約8ヶ月間は経験してきたので観光客の動向は分かったし、再度の天変地異や政治不安が無ければ1年目の売り上げが底辺である事も想像できる。

ネパールの新年は終わったが、今月4月はまだシーズン中に辺るだろう。

今月の売り上げは先月以上で、9ヶ月間ずっと売り上げは上がり続けている。

ビザ代を除けば8ヶ月で50万円 貯蓄出来ている。

そして5月 6月 7月 8月。

7月 8月 は夏休みの観光客がやって来る。

耐えなければいけないのは5月 6月。

意思があり目的がある。

これは底辺の1年目。

自分が変わり続けている実感。

5年後の自分が楽しみです。



今のうちの売りはクリーム ソーダとスノーアイス。



コーヒーは日々の実践の中で味も見た目も研ぎすませれていきます。


3日間 続いた人の渦も今日からは減少・・・

臨時で作ったベッドに横になりながら、今日は仕事をしました。

体重は65kgまでスリムになり、髭はぼうぼう、髪の毛も切りに行く暇もなく伸び、ハゲ上がりました。

これから間もなくしてオフシーズンを迎えますが、1年目の全てが経験です。

仕事以外は寝る時間しかない日々・・・

初めての経験。

1年目。

経験からしか得られるものは有りません。


今日から明日に掛けてがネパールの新年。ネパール暦で2074年を迎えます。

12月31日 1月1日 その新年 同様に物凄い数の人がやって来ます。その数1万人以上・・・  うちに来たお客さんが100人以上なので多分 1万人は越えています。

売り上げも過去最高でしたが、明日はもっと忙しいと思います。

早朝からレイクサイドまで買い出しにいかないといけないし、とにかく倒れないように・・・ フラフラなのでもう寝ます。


前にも書いたけれど、このブログは1日の自分の整理と日本にいるお婆ちゃんに無事に生きていることを見てもらう為に書いているのであって、他の誰かに見てもらう為に書いているのではない。

一度もこのブログで自分のビジネスを宣伝をしたことも無いし、そもそも見てもらう必要なんてどこにも全くない。

いいね・・・ とか、グッド・・・ とかあり得ない。

他人に分かる筈がないから。

一生懸命 生きるってそう言うことでしょ?!

表面上だけで共感されたら終わりです。




他人や周りに合わせるつもりは端からないし、そんなのはどうでもいいから、自分は自分の目的に向かって生きていきます。

Real life in Nepal with real people.

毎日がこの経験 直に。

何百人もの人々と直に触れあって生きている。

ここにしかないもの。

そこからしか見えないもの。

偽物ではない本当の事。

4年前のこの時期、自分はパラグライダーと徒歩でのアンナプルナ1周に挑戦していた。
その時はアドベンチャー パイロットでいることが目標だった。

3年前のこの時期、自分は悟りを目指しインド ラダックのゴンパを歩き渡りながら瞑想の旅を続けていた。

2年前のこの時期、自分は震災後の仕事の状況がどうなっていくのか? ブッダの誕生地ルンビニで想いを巡らせていた。

1年前のこの時期、自分はこの地でずっとやってきたパイロットという仕事、この環境から離れる事を考えていた。

そして今。

変化の過程はこれからも続きます。

それは1年後も2年後も3年後も4年後も・・・

ただ決めているのは、この地で生きていくということだけ。

経験でしか人は物事を語れない。

この地の経験でしか。

変化の過程の中での「今」。

その先の未来。
  
カレンダー
11 2017/12 01
S M T W T F S
1
3 4 5 6 8
10 11 12 13 14 15 16
18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
[03/10 アジアン]
[03/14 Kazu]
[03/13 田渕憲志]
[01/10 ユME]
[07/02 みき]
[07/01 Kazu]
[08/05 Kazu]
[08/03 kazu]
[07/30 Kazu]
[07/30 NONAME]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
kazu
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1971/09/08
職業:
パラグライダー
趣味:
たそがれ、物想い、静寂、心穏やか、不安、楽しむ
自己紹介:
Kazu
Japan spirits and pride
Professional tandem / Adventure pilot

世界最高峰のヒマラヤ、神の国ネパールで生きていく為に始めた空飛ぶ道具パラグライダーでコマーシャルタンデムをやっています。夢は神の山マチャプチュレへの冒険フライトに挑戦すること。
バーコード
ブログ内検索
P R
忍者アナライズ
Copyright ©  -- 「 心 」 PEACE of MIND 「 旅 」 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]