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その人が何処から来たかなど、どうでもいいではないか。 どんな地位にあるか、どんな功績があったのか、どんな血筋を引いているのか、など全くどうでもいいではないか。 ただ、その人の行いを見よ。 今ここに於いて、何をするのかを見よ。 行いが正しく、羞恥があり、身と心を慎んでいるのであれば、その人は生まれがどうあれ、今から高貴な人ではないか。

上の2つのレストランが随分と様変わりした。

ここはヒマラヤと湖とポカラの街を見渡せる理想的な場所。

ここを借りれば家賃15~20万。

これからの自分の場所は家賃1万5千。



自分がこれからやるのはその対局にあるビジネス。


店のボードも他にはないコーヒー豆だけを載せたものに。


ひとつを除いて何にもない一点集中の店。

それがネパールNO1の物ならばビジネスで成功出来る。
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10月から始める新しい場所の契約はまだですが、ここのオーナーとの話しは詰まっていて、頭金無しの家賃1万5千円。只し奥に場所を広げてテラスを作ってもらうのと、手前にシャッターと後ろにガラス戸を着けるのは自分がお金を出す事で話が進んでいます。

話では25万円程で出来るそうですが、エスプレッソ マシーンを移動させたり、今使っているソーラパネルを取り付けたり、電気の配線、内装のペイント、グラス等を洗うシンク取り付け、新たなテイブルにイス等・・・  初期投資で50万位掛かりそうです。(移動といっても直ぐ近くですが・・・)

後は住む部屋が無いので、歩いて5分ほどの村人の2部屋を6千円で借りる予定です。

今の支払いが月に家賃+ビザ+スタッフで12万程なのがこれから3~4万程になるので精神的には楽になります。

1年間は小さなスペース、少人数で今シーズンの売り上げと比べてどれ程の違いが出るのか?

それほど違わなければ、それイコール利益になるので、そこを知る事で次への経験にします。



上の写真はあくまでもイメージですが、ここが2ヶ月後にどの様に生まれ変わっているのか?!

自分が展開していきたいエスプレッソ バーのモデルになるものをこのスペースで作っていきます。

今日で結婚 1周年 + 病院に行ってサルミラの妊娠3ヶ月 検診。


なのに昨日 一昨日と大喧嘩。


論理では自分は20歳 年上だし、怒るのは良くないと分かっていても感情が言うことを聞かない。


怒りと涙が自分の意思に反して溢れてしまう。


昨日は限界だったので場を離れてレイクサイドの旧友や日本語の話せるネパール女性に話を聞いてもらっているうちに気付いた。ネパールに10年以上いて、昨日 自分の中で何が起きているのか初めての気付いた。


ネパールに来てから自分は怒こりっぽくなった。


そして村に来て一層。そして結婚してより。


サルミラとの1年間。それは喧嘩の日々だった。


何故なのか?


一言で言えば「頭」と「神経」。そこに余白が無い。


日本での生活ならば自分は日本人。言葉を喋りご飯を食べテレビを見て、普通に生活するだけで「神経」と「頭」を使うことは無いので余白は減らないし補充 出来る。


観光客と英語で話す時間が最もリラックス出来る時間である今、しかし英語でもストレスを少し感じながら話している。それが村では24時間ネパール語での生活は常に頭を使って、そこにエネルギーとストレスを無意識にも感じながら生活している。
自分は日本人。日本語の人種。


そこに突然 ビジネス場所が売られ、新たなビジネスを考えなければいけない状況。


頭と神経に余白がないなかで、その少しの余白で考え続けたらどうなるのか?


余白がなくなりサルミラの言動、そのちょっとしたことで怒りも涙も溢れ出てしまう。


今では英語の話せるネパール人の旧友と話す時でも先ず出てくるのはネパール語。自分はネパール語で会話します。そして上手く伝えられない事が出てきてから英語に切り替えて会話します。


だからネパール語が第一言語の生活をしている。


しかし自分のネパール語の理解力は30%程。読み書きは0%です。


20年 30年とネパールで生活してもネパール語を100%理解することは出来ません。その中でのコミュニケーションでの生活。


だからこそ意識して「余白」を作る様にしないと、常に上手くいかないここではその都度 怒りが溢れてしまう。


自分だけではなくネパール人と結婚してここに住む日本人は皆 喧嘩が絶えないというし、日本にいた頃より怒りっぽくなったと言う。


それは異文化で自然と「頭」と「神経」を使い、生活するだけでも日本にいた頃より「余白」がなくなり、ちょっとした事でも感情が溢れてしまうから。


ここに来て毎日 頭が痛いのもオーバーワークに他ならない。


あと25日で2シーズン目が終わる。しかしここでの3シーズン目 以降はもうありません。


2シーズンは終わってないけれど、もうここでやることは無いので、自分のモチベーションここを離れて残りはスタッフに任せて、次のビジネスの形を考えていく為にも絶対に必要な考える為の頭と神経の「余白」。


余白が無いことには何も考えられない。

今日は3ヶ月振りに店を閉めました。ビジネスマンにとって収入源である店を閉める事には恐怖を感じます。


しかし次の1年は毎日 毎日 毎日 店を開けるのではなく、「余白」を作るための時間への投資を将来も含めて考えながら経営していきます。


あの小さなスペースで他にはない自分のコーヒーハウス、誰も真似 出来ないエスプレッソ バーを作っていきます。



今日8月6日は結婚記念日でした。
病院から帰ってから2人で密やかにお祝いしました。
当然の事ですがスペースが狭いと言うことはお客さんの数に限りがあると言うこと。

ワンシャッターの隣に小さなスペースが有りますが、テーブルを置いて座れる定員は10人程度。

少し奥に施工して広げてもらう予定ですが、それでも今の1/5程度しか座れない。

そこは工夫して歩道沿いにベンチを置いたり、外向きのカウンターテーブルにしたりして座れるスペースを作りたい。そしてその姿が通行人への宣伝になるようなレイアウト。

しかし売り上げはを伸ばしていくにはビジネス スタイルを変えていく必要があり、試飲からのコーヒー豆販売も中心に考えている。

試飲スタイルはネパールには無い。

味にそれだけの自信もある。

後はテイクアウトが中心になってくる。

全て写真入りで「ベリーダーク カプチーノ」「抹茶 アフォガート」等 他には無い興味を引くメニューも作っていく。

このスペースで今シーズンと売り上げがさほど変わらなければ合格。

要らないものを極限まで省いて、小さなスペースでスペシャルな特徴のある店。

これは店舗展開への試金石。

その土台をここで。


このスペースをもう少し広げてもらう予定です。

新たなビジネス場所は今の直ぐ下にあるワンシャッター。

この小さなスペースで今と同じ売り上げを上げる為の工夫と経験を積みながら、1年後には上にある絶景のレストランと平行して経営していく予定です。


1年後にはこの景色を見方にレストラン経営。


この状況は自分にとってのチャンス。

5年契約が突如2年で終わりますが、2年で終わることでベストな場所でのビジネスチャンスが可能になりました。

ただ今すぐにそこと契約を結ぶ事は出来ない状況で、1年後ならばそれも可能です。

そこで1年後でOKと言われたので、それまでの1年間は小さなワンシャッターで妻への負担をかけることなく、自分が他に展開していきたい形のビジネスに挑戦出来る。

このスペースなら自分とスタッフ1人で十分。やり方次第で今と変わらない売り上げと利益を出していける。どうやれば? その勉強の場としては最適です。

家賃も安く休むことも出来るし、無理しなくても経営していける状況がこれからの1年間では必要だったので理想的。

一時的にはビジネスの格は下がるけれどビジネスの質は上げられる。

もうひとつの狙いは1年後からの上での大きなレストラン経営を考えてのこと。

絶景のあの場所は景色が宣伝となり、誰がやってもお客の数はそれほど変わらないと思います。

しかし欠点があって、少しだけ日本寺から歩くのでレストランに気付いて行く目的がなければそこを歩かない。

今の場所は日本寺に行くほとんど全ての人がここを歩くので気付くのですが上は数パーセントだけ。その弱点を解消出来るのがこの小さなスペースでのビジネス。

自分の絶景レストランが上にあることをここで宣伝することで、上のお客さんの数は変わってくる。

その為の場所としてもここは最適です。

1年間このスペースで今と同じ以上の利益を出して、1年後には上の大きなレストランと併用で経営していく。

上の場所は支払いもかなり高く、その為の戦略もこの1年間で建てていきます。

勿論ホテル経営の夢も捨ててはいません。

しかし8年後には2千万円の売り上げを上げると言う自分の目標、そのチャンスがここにはあります。

あと1ヶ月で今の場所を閉めます。来シーズンはこの小さなスペースでのビジネス勉強をして、将来の店舗展開の準備をしながら、1年後にはポカラで最も景色のいいレストランも経営していく。

その様な考えに至っています。
顧問弁護士がここの契約書を無くしたということで、カトマンズの労働局オフィスにその写しがあるのでそれを取って来るのに時間がかかると言われた。契約書のコピーを弁護士に送ってもらうように催促して既に1ヶ月・・・ この返答が今。

いつもこんな感じで怒りも沸いてこないし、怒っていたらここでビジネスしていけない。

早く次の場所を決めてそこにお願いする為にも、早くここの契約書を下に元オーナーと新たなオーナーとで話し合いにをしたいのだが・・・


今日はここの上にあるレストランのオーナーと話をした。

間違いなくポカラで最も景色のいいレストラン!!

久しぶりにそこに行ったが、改築中で客席100席位の大きなレストランに変わっていた。

彼からは1年前から家賃20万円又は10年契約 2千万円で貸し手を探していると言う話しを聞いていた。

ずっとずっと羨ましくて、行くのが辛かった場所。あの景色には勝てないから。

ここでビジネスをしてからヒマラヤを見るのが嫌になったし、敢えて見ない様にしていた。


今の状況は急に追い出された形だが、縛られていた契約が無くなりフリーになれるチャンスでもある。

しかしあそこでビジネスをするには急には無理だし、金額が金額なので準備と戦略とサポートが必要。

だからこてから1年かけて次のビジネスの準備をする予定でいた。

それと妻がこれから約1年間は自分のサポートが出来ない。

そんな中で1年後からの経営でもOKだから、ここをやらないか!と言われた。

そして10年後を見据えて試してみたいなビジネススタイルもある。


早く次に進みたい。

ここの契約書が届かない状況ですが、新たなオーナーと話し合いをしたい。


今のビジネス場所から見えるポカラ南端の景色。

考え続けると体を動かすよりもエネルギーを使い疲労が溜まる。

1日僅か300キロカロリーで脳は働いているので、それを越えるとオーバーワークで頭痛。そしてボーとしてくる。

夜にしか出来ないので、夜ネットで色々とビジネス勉強をしているのだが、それが奥さんには不満らしく怒って口も聴けない。

勉強の意味が分からないのか? ネット= 映画や娯楽鑑賞としか認識出来ないのか?

怒るのはいつものことだが、状況が状況だけに自分がやっていることの意味、情報収集や勉強が必要な事を理解して欲しい。
自分は雇われ人ではなく経営者なのだから。


毎日 自分の考えも変わるなか、決めて事はここを8月一杯で閉めること。

8月が終わればここで丁度2年。9月は次の所への準備をして自分は一度日本へ帰って、体調がいまいちの奥さんは実家で静養して、ツーリスト シーズンが始まる10月からは新たなビジネス スタイルで実験と経験を積んでいこうと決めている。

急なことだったので、今直ぐにカトマンズやパタンなどの大都市でお金の掛かる大きなビジネスは準備不足。

そしてこの2年間で経験した中から学んだ事もある。そこから新たな形のビジネスを実験したいし経験したい。

自分はビジネス オーナーとして店舗を展開していきたいので、自分がネパールでどのような形のビジネスを展開していけるのか?!

この2年の経験の中から次のビジネスで、そのモデルとなるものを作っていきます。

今までに決めた事は8月でこのお店、このスタイルは終わりになるということです。



日本寺の湖を挟んで対岸にあるサランコットにも物件を探しに行きました。(経営者の仕事)

日中の人通りは日本寺の10%にも満たない。

紹介された物件も古く、ヒマラヤが見える所を除けばサランコットでのビジネスは難しい。



コーヒー豆を新たなスタイルで販売しようとペットボトル等を作るプラスチック工場へ。(経営者の仕事)


ここでは1リットルと500mlのサイズしかありませんでしたが、1リットルだと400g程のコーヒー豆がパッキング出来 値段1000円。500mlだと200gで540円で販売。

その場で1日以内にローストしたコーヒー豆をボトルにパッキングしてラベルを張って渡す。

今の袋に入れて熱でシーリングするよりも早く出来、コーヒーから出るガスをパンクを避ける為に小さな穴で逃がす必要もないので、より新鮮なコーヒー豆を販売出来る。

勿論 今まで通り全ての焙煎度合いの中から選んでもらえます。
自分の中では毎時 次の場所、次のビジネスを1日中 考えている。何せ突然で時間が無い。

後1ヶ月で2年間が終わるので、その時点でここを出ていこうとも。

3ヶ月間 猶予があるので、次の場所が決まらなければ3ヶ月いる事に。

ただ後2ヶ月はオフシーズンだし、スタッフにも辞めてもらう事になるので、出来るだけ早目に次に進んで行きたい。
1年目は一人苦労し利益も全く出なかった。

2年目は結婚もし、1年目の売り上げ2倍も今のところクリアしている。土台も出来て3年目以降は今年の売上 以上も期待でき、目標の次のビジネスへ500万円 蓄えも3シーズンの終わりには見えて来る筈だった。

想像がある程度つく残り3年間。

ある意味ここでの売り上げをある程度 計算出来る状況になったやっとなった今、ここを急遽 出ていかなくてはいけない・・・ と昨日 言われた。

急遽で収入もゼロ。次のビジネス場所も今は無い。

だから新たな場所で新たなビジネスで一からやり直さなければ生きていけない状況。

そこにワクワクしているのだと思います。

どうしても新たなビジネスをしなければいけない状況に。
前に書いた様に何がどうなるのか ?  コロコロと変わり続ける。

昨日 大きな変わり目にいることに初めて気付いた。

「この物件はもう売れたので、3ヶ月で出ていって下さい・・・ ?」そう急にここの家主から言われた。

5年契約の2年が終わり、2年目からやっと利益が産み出せるようになった。そして3年目、4年目、5年目と利益を増やしていける状況にやっとなった今。

ここで終われば200万円投資して始めたこのビジネスの元も取れないで終わる。マイナスのまま。

契約書に「売りの出して買い手が見つかればその時点で3ヶ月で出ていく」と書いてあると言うが、契約書は弁護士が持っていてそれを確認しなければいけない。

売りに出していることも知らなかったし、5年後にはオーナーが自分でビジネスをするか別人に貸し出すものだと思っていた。

何の情報もなく売れてから言われても、こちらの次の準備も人生設計も出来ない。

ここで5年計画でビジネス勉強をしようと思っていたのだが・・・


先ずは契約書を確認して弁護士と相談して、それが果たして違法ではないのか? 話し合って検討することになります。


でも自分の中では次に向かっていて、窮地なのにワクワクしている自分がいます。


あと1ヶ月でビジネス2シーズン目が終了します。

今シーズンは1シーズン目の売り上げ2倍を目指して店を経営しています。

今シーズンの終わりが見えて来るなかで、次のビジネスを意識するようになってきました。

自分が目指しているのはビジネスオーナーです。

8年後には年の売上 2千万円。

それは今の様なビジネスを4つ展開しないと到達出来ない数字です。

今のビジネスはまだ契約が3年残っていますが、今のビジネスだけをやっていても2千万には到底 到達出来ません。

今以上の経営をここでしながら、これから1年で次のビジネスの準備をして、ここでの残り2年は次のビジネスと平行にやっていきます。

あと1年で新たなビジネスを始めます。



ポカラ レイクサイドの対岸。森と湖の麓にあるコピラ ネーチャーホーム。(下の写真)

ここも貸し手を探しています。知り合いでもあり、環境も他との差別化出来る場所にもあり、ボードでの往復だけではなく妙法寺に新たに出来る駐車場からの車道も作っているので、魅力あるビジネス場所。

バイクで行き来 出来れば今のビジネス場所と近いので、両方を同時に見ながらの経営も可能です。

1年後まで借り手が現れなければ。又は1年後からでもOKならば。

考えているビジネス場所のひとつです。






今回のパタン滞在で紹介されたホテル。(下)

パタンと言う新たな場所と家賃が高いのをどう考えるのか?

森と湖のコピラ(上)とは間逆のシンプルで高級感のあるコンパクトなホテル。

今はホテルだけですが1階にカフェを併設して、上のキッチン付きテラスに出所シェフを呼ぶ等・・・  やり方次第でビジネスも変えられる。

先ずは一度オーナーに会ってお話を聞きたいビジネス場所です。



上手く事が進んでいかないここの環境で感じることは、日本とネパールではビジネスで成功していく上での根本が違う事。

ルーティーンと言うか同じことが続いていかない。

1時間毎にシチュエーションが目まぐるしく変わっていく。

今日も「今日には終わると言われ続けても今朝は結局1週間 滞在したのにビザの切り替えが終わらない状況に・・・からの今すぐイミグレーションに来い今日中に結婚ビザが貰えるに変わり、イミグレーションに行ったものに結局 今日は無理だから土曜日(休日)明けの日曜日に来いに変わった。」

毎日 状況が変わるなか朝の段階でポカラにいって1ヶ月ツーリストビザを更新して、その時期を待つ事になったので明日の飛行機をブッキングしたのに結局キャンセルでキャンセル料3500円。

普通に物事が進まないから、明後日にはどう状況が変わっているのか分からない。

この間はスタッフ3人が店にいるのだが、売り上げは自分がいる時の半分でこのままだと今シーズンの目標としているシーズン1年目の2倍の売上に届かなくなってしまう。

何か数字上の目標とかではなく、如何にこの変わり続ける状況をその都度プラスに捉え行動していくのか?

数字にハッキリと現れる売り上げは大事だが、そこだけに囚われていてはここでは成功できない。

ずば抜けたビジネスに対する感覚と、どうにでも状況をプラスに変えていける感覚。

緻密さと鈍感さ。

どうにでも出来てしまう人がここでは成功していく。



中世にタイムスリップした感じ。

ヒンズー教のお寺。

カトマンズではいつもお世話になっているホテルのオーナー ラジューさん。

後ろはチベット仏教のゴンパ。

ビザの変更でカトマンズへ来ましたが、どうにもこうにも長期戦になりそうです・・・
その合間を縫ってパタンへ(上の写真はパタン ダルバール スクエア)。

そこでひとつの物件を紹介されました。

HOTEL JYU






パタン ダルバール スクエアから歩いて1分の割りと静かな場所にあるホテルです。

ここのオーナーは日本に住むネパール人で本業は貴金属のデザイナー。
このホテルは彼の敷地に1年半前に建てた新しいもので、1泊1万円弱のネパールでは高級ホテル。

部屋数5つの静かに過ごせるこじんまりとしたシンプルでゴウジャスでセンスのいいホテル。

話では家賃25~30万円。

未だオーナーには会っていないので、今度 日本から帰って来たときにお会いしてお話をします。

話し合い次第ですが、1年後に賃貸をスタートしてもOKならば・・・

苦労と共に夢と希望が交錯しています。


ホテルの窓から

パタンで泊まったのはダルバール スクエアが一望できる6千円のホテルと・・・



文化遺産の中にあるTEMPLE HOUSE(ここは安くて3000円)に泊まりました。

最終日に見て回ったパタン・・・
巨大な迷路の様な古都でのビジネスは今とは全く違った環境。

再度 今度はサルミラとカトマンズに行くので、この迷路の様な街に泊まって観察。

多分10日後くらい。


パタン


カトマンズ ポカラ間に見えるマナスル8163m
車では1日かかる移動も飛行機なら30分程・・・
ちょっとしたマウンテン フライトが楽しめます。

(気になった右端のビル。今はネワールレストランやハンディクラフトのお店が入っている。立地は日本大使館の近く。難しいのは何をやるのか?!ではなくて、好立地条件で空いている物件を見つける事。その仕事は自分の中で既に始まっている。)



ビザの件でカトマンズに来ています。

あと3年で今の場所を離れて新たな場所でビジネスをすることになりますが、既にその場所 探しをしています。

今回はカトマンズに来ていますので、ここでのビジネスチャンスを探っての街歩きです。

ここ大都会カトマンズでビジネスをやってみたい気持ちも出てきています。

立地条件に物件の探し方。

色々な人と会って会話して、機会を伺いながら過ごしています。

飛行機で来て飛行機で戻るのだから、払う金額と生まれる時間。その分の価値はこの機会で得て戻らないと!

何処に行っても意識と見ている景色は今までと全く違う。

まだここで3年ありますが、何時でもその機会を狙って次のビジネスを始められる準備はしておきます。


今の物件、ビジネス場所。
村ですがポカラ日本山妙法寺に行く歩道沿いに有ります。

この上に新たなヒマラヤが見渡せる駐車場が出来るので(多分2年後???位)、その駐車場が出来たらそこで今の1/10位のスペースでスタッフ2人で出来るコーヒービジネスを考えています。

コーヒーだけならこんなに大きなスペースは必要ないし、家賃も押さえられる。ここ妙法寺でのビジネスも続けていくことが出来る。





気が付けば日記の更新が1ヶ月以上 滞ってしまった・・・・

この間に法廷で正式に結婚を交わし、書類上でも夫婦になりました。

今はビジネスビザから結婚ビザに切り替えている段階です。




結婚して10ヶ月が経ちましたが、喧嘩が絶える事が無かった・・・ そんな感じです。

お父さんとお母さんが来ている時にも喧嘩して、二人とも驚いていました。

結婚生活 最初は良くても段々と関係が悪くなる・・・ ではなくてその反対。

そんな未来図を想像しています。
うちのお父さんとお母さんがサルミラの家族に合いにネパールにやって来ました。

あの後 同じく男性が日本人で奥さんがネパール人の夫婦に話を電話で聞いてもらった。

ネパール人の奥さんのお母さんが日本人でお父さんがネパール人。そして彼女も日本に住んでいて日本語が話せるネパール女性。

話の中で思い当たる事もあり、自分が気付いていない文化。そこから来る彼女の振る舞いもあった。

少し気分が楽になった。

その後 別々にサルミラが離したベッドも彼女が直し、機嫌も良くなった。


ビジネスは上と自分が逆転していて、昨年に比べて売り上げが倍以上になった分、景色のいい上のレストランは売り上げが落ちていると聞かされた。

昨年 売り上げが日に2万以上だったのは年間で数える程だったが、今シーズンは普通で2月は平均で毎日 2万以上あったし、今日は悪天でお客さんは11時からだったが、それでも2万5000以上 売り上げがあった。

1週間後のネパール新年に向けて爆発的に忙しくなる。

スタッフももう一人 探している。

大きなコーヒーアートのモナリザとジョン・レノン も飾り、写真を撮っていく人も増えた。

間違いなく何処にも無い形のカフェならぬエスプレッソ バー。

断然 立地条件がいい上よりも売り上げが上がっている。

でも40%満たない完成度。

10年後には売り上げ最低2千万を年間で上げる。

先ずは最低でもここサンティ ストッパでトップを取ってポカラを出て行きます。







ここはネパール。しかし自分は日本人。ネパール語だけで24時間 会話をし、自分の伝えたい事をネパール語に置き換えてネパール語だけで意思の疎通をすることが出来ない。

「あなたはネパールに住んでいるのだから、ネパール語で全て意思の疎通が出来ないのはあなたが悪く、あなたの問題!」

その一辺倒で会話にならない。

少しでも自分がどんな精神状態で24時間 ネパール語だけの環境にいるのか?! 分かって欲しい。

国際結婚で日本語はもちろん英語も全く出来ない相手と結婚して上手くいっているカップルはあるの?

このコミュニケーションの事を考えると、今後ずっとずっとのことを考えると、自分はパニックになって寝ることができなくなる。

今度うちの両親がネパールに来るけど、うちの両親と自分とサルミラだけで1泊2日の旅行に出掛ける予定でいる。

サルミラは自分が会話に入れないから行きたくない・・・ と言う。

でもそれは普段 私が生活している状況。

その言葉の大変さを少しでも体験してもらえれば、私の精神状態を少しは分かってもらえる。

「ここはネパール。ネパール語が出来ないあなたが悪い!」だけで終わられては夫婦生活は無理。

英語が出来れば何の問題もないのだけれど、サルミラは出来ないから。

その歩み寄りが互いに必要です。


いつも同じ事で喧嘩になりここを出ていくサルミラ・・・

昨日は売り上げた筈のお金1000円が足らず、何処にいってしまったのか? で話し合いにならずに喧嘩になってしまった。しかし喧嘩はいつもお金が無い事で始まり、いつもいつも同じ展開になる。

お釣りの渡し間違いか、誰かが持っていったかしか基本ないのだが、週に2度はお金が足らない。

もう100円 200円は諦めているし、サルミラやスタッフが盗む事も考えられない。

自分が一人でやっていたときにはお金が足らない事はなかったが、自分が一人でやることが出来ず、他人にやってもらっているからには仕方がない。

彼等の計算力は分かっているし、他にいないし、ネパールだし・・・・

1000円足りなくても週に1回位なら、もう仕方がない。

そう考えないとやってられないし、ここはネパール。日本ではないから無理。

日本に住んでいたら考えられない事だけど。

これからも売り上げに対してお金が足らないことは何度も起こるけれど、サルミラに対しては幾らお金が足らないかだけ、それだけを告げて終わりにします。

追求しても無理。

喧嘩をしてここを出ていかれることの方がずっとずっと痛いから。

ネパールで細かい事を考えても環境が着いて来れない。

白坂さんの動画も日本と言う国では出来ても、この国では悩みの種になってしまうことも。

これも含めて順応性が自分に問われているのだと感じます。
「Espresso Bar」と言うイタリアン スタイルに興味がある。

今後 バクタプルやバンディプール、パタンといった観光地でもありネワール建築の場所でCafeと言うスタイルではなく「Bar」と言うスタイルのエスプレッソ バー 。

ポカラならレイクサイドから北に15km程行ったオールドバザールがその雰囲気に適しているのだが・・・


ポカラ オールド バザールもカフェを始める為に2年前 視察したのだが、観光客がほとんど来ないこの場所でしかもエスプレッソは時期尚早だった。



イタリアのエスプレッソ バー。
どこかネワール族の場所と雰囲気も似ている。


バンディプールの町並み。



こちらはイタリア。



どんどんやりたいことは変わっていってもいい。

今イメージしているのはネワール建築の場所で観光客を相手とした「Bar」はバーでもイタリア式 Espresso bar。

お酒を飲まない自分だからこそ、こちらの「Bar」をネパールに広めていけたら・・・

1号店をバクタプルに出して、2号店はパタン。3号店はバンディプール。そしていずれはポカラのオールドバザールに地元の人へのエスプレッソ バーを・・・ 

20年後 エスプレッソをたしなむネパリが・・・ ハジュルバ(おじいちゃん)、ハジュルバ(おばあちゃん)が・・・  

本物の焙煎したて淹れたてエスプレッソは芳醇でウイスキーやワインにも負けない美味しさがある。

「Espresso bar」をここで試していきます。

先ずはここでは聞いたことのない「Espresso bar」の看板作りから始めていき、試行錯誤して次のヒントを探していきます。



毎日 経験の中で考えている事。それはどの様にビジネスをしたら物が売れて新たな何かを産み出していけるのか?

それは決して売り上げだけでは計れないが、それが数字として現れるのが売り上げ。だからどうしたら売り上げを上げていけるのか?

売り上げが上がらないと金銭的 精神的 余裕が生まれず、次の新たなものに進んで行けない。


「投資」

お金を抱えていても役には立たないので、「投資」というものへの意味と意思をしっかり持って、今 抱えているお金を価値を産み出すものへ変えていきます。






越えなければいけないものがある。

いつまでも自分がここに居てはいけない。

売り上げが落ちても任せられる日を少しづつ作っていかなくては。

経験の中でしか売り上げは上げていけない。

「自分がここにいないと売り上げが下がってしまう」という恐怖感。

でも自分がずっとここにいたのでは次に進めない。

昨シーズンは店を閉めてここを離れていた。

不思議なことに気が楽だった。

何故って? 自分がいない事で売り上げが落ちる・・・ その恐怖が生まれないから。

売り上げのことを考える必要がないから。

これではいけない。

自分がここにいないのはとても不安だけれど、閉めれば売り上げはゼロ。経費等を引けば店を開けないだけで1日4千円程の赤字になってしまう。

売り上げが落ちても、そこを少しでも賄ってもらえれば。少しでもプラスが出れば。

自分がいないことでの売り上げの不安を自分は越えていかなくてはいけない。

経験を積むことで少しづつサルミラが売り上げを上げていけるように。

自分の仕事をしっかりやって、見守っていかなくては。

自分の仕事は分かっている。

実際にコーヒーを淹れる事でもなければ焙煎することでもない。

唯一無二の物を作って、宣伝をして、常に新たな事に挑戦をして、お客さんを増やしていくこと。

それが強いてはネパール、世界の人々の幸せに少しでも繋がる事。

それが自分の仕事です。



1月8,9,10日と休みを取って訪れたバンディプール。

新年頑張って働いたからその骨休めだったが、それ以来 ビジネスは順調で床屋に行く時間も無く、気が付けば今日で2月も終わり・・・

2月は自己最高の1日平均2万円売り上げ突破。

1日もここを離れることなく働いたのと、旧正月で東アジアの人が多く訪れたから。

ネパールで月に57万円の売り上げで、生活費も合わせてp支出が32万だったから今月だけで25万 貯蓄。

5年間で500万 貯蓄して次のビジネスへ!

1年後にはその見込みも立てられそうだ。

これからは宿泊ビジネスに手を付けていきますが、もちろんただのホテルをやるつもりは全然無く、立地条件もそれでは他に全く叶わない。

中長期 滞在型のクリエイティブ イノベーションを創造していける場所。

例えば作家や芸術家、詩人が滞在して作品創りをする場所であったり、クリエーターが滞在して作業する場所であったり・・・

自分も刺激を受け新たな物を産み出していける居場所。

そんな想像をしています。


バンディプールのホテルは最上級のOLD INN 。

1泊1万以上しますが2泊で雰囲気の違う別々の部屋に泊まりました。

ビジネスマンとして泊まるんだったら最上級、移動するんだったら飛行機、食べるんだったらいいもの。あとは服装・・・

意識を変えていくためにも心がけている事です。







喧嘩ばかりしていて御免ねサルミラ・・・

ここでの5年間は彼女も大変だけれど、いつか幸せな日々を過ごさせてあげたい。

自分もビジネス ビジネス ばかり頭にあるけれど、ここでの5年間は勉強の時間。一点集中でビジネスの事を考え続けます。
結婚して痛感していることは、自分はネパールではないツーリスト エリアで10年 過ごしていたと言う事。

そこは英語で全ての用が足せたし、食べたいものも何でもあった。

サルミラとの関係が上手くいかないのは意思の疎通が言葉で出来ない点に尽きる。

思えばレイクサイドにいたときも結婚式等で周りがネパール語だけの時間を2時間も過ごせば、頭が痛くなって疲れてしまった。

今は外国人観光客と会話する時 以外はネパール語。24時間 ネパール語。スタッフも合わせて周りに英語が話せる人は誰もいない。

だから夜に日本語で聞ける番組を見ていても、サルミラにとってはそれが許せないらしい。

日本語を聞く・・・ それは唯一のリラックス出来る時間なのに。

国際結婚していても相手が日本語を話せれば最高だけれど、最低でも多少の英語でのコミュニケーションが出来ないとそれだけでストレスになってしまう。

言葉を使っての意思の疎通がほとんど出来ないのはストレス。

学校に行っていないから英語は出来ないのは自然かもしれないけど、レイクサイドで仕事をしていた事もあるし、ここまで英語ができないとは想像できなかったのは10年間 ネパールにいても英語の出来る人達、その場所で生きてきたから。

自分がネパール語をもっともっと覚えるしかない。

今のままではサルミラの言葉を勘違いして受け取ったり、真意を伝えたくても言葉に出来なかったり、文化も全く違ったり・・・・

喧嘩はいつも同じ事で始まってしまう。

今日もサルミラはここでは寝ないで、スタッフと一緒に寝ています。
  
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プロフィール
HN:
kazu
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1971/09/08
職業:
パラグライダー
趣味:
たそがれ、物想い、静寂、心穏やか、不安、楽しむ
自己紹介:
Kazu
Japan spirits and pride
Professional tandem / Adventure pilot

世界最高峰のヒマラヤ、神の国ネパールで生きていく為に始めた空飛ぶ道具パラグライダーでコマーシャルタンデムをやっています。夢は神の山マチャプチュレへの冒険フライトに挑戦すること。
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