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その人が何処から来たかなど、どうでもいいではないか。 どんな地位にあるか、どんな功績があったのか、どんな血筋を引いているのか、など全くどうでもいいではないか。 ただ、その人の行いを見よ。 今ここに於いて、何をするのかを見よ。 行いが正しく、羞恥があり、身と心を慎んでいるのであれば、その人は生まれがどうあれ、今から高貴な人ではないか。

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ここはネパール。しかし自分は日本人。ネパール語だけで24時間 会話をし、自分の伝えたい事をネパール語に置き換えてネパール語だけで意思の疎通をすることが出来ない。

「あなたはネパールに住んでいるのだから、ネパール語で全て意思の疎通が出来ないのはあなたが悪く、あなたの問題!」

その一辺倒で会話にならない。

少しでも自分がどんな精神状態で24時間 ネパール語だけの環境にいるのか?! 分かって欲しい。

国際結婚で日本語はもちろん英語も全く出来ない相手と結婚して上手くいっているカップルはあるの?

このコミュニケーションの事を考えると、今後ずっとずっとのことを考えると、自分はパニックになって寝ることができなくなる。

今度うちの両親がネパールに来るけど、うちの両親と自分とサルミラだけで1泊2日の旅行に出掛ける予定でいる。

サルミラは自分が会話に入れないから行きたくない・・・ と言う。

でもそれは普段 私が生活している状況。

その言葉の大変さを少しでも体験してもらえれば、私の精神状態を少しは分かってもらえる。

「ここはネパール。ネパール語が出来ないあなたが悪い!」だけで終わられては夫婦生活は無理。

英語が出来れば何の問題もないのだけれど、サルミラは出来ないから。

その歩み寄りが互いに必要です。


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いつも同じ事で喧嘩になりここを出ていくサルミラ・・・

昨日は売り上げた筈のお金1000円が足らず、何処にいってしまったのか? で話し合いにならずに喧嘩になってしまった。しかし喧嘩はいつもお金が無い事で始まり、いつもいつも同じ展開になる。

お釣りの渡し間違いか、誰かが持っていったかしか基本ないのだが、週に2度はお金が足らない。

もう100円 200円は諦めているし、サルミラやスタッフが盗む事も考えられない。

自分が一人でやっていたときにはお金が足らない事はなかったが、自分が一人でやることが出来ず、他人にやってもらっているからには仕方がない。

彼等の計算力は分かっているし、他にいないし、ネパールだし・・・・

1000円足りなくても週に1回位なら、もう仕方がない。

そう考えないとやってられないし、ここはネパール。日本ではないから無理。

日本に住んでいたら考えられない事だけど。

これからも売り上げに対してお金が足らないことは何度も起こるけれど、サルミラに対しては幾らお金が足らないかだけ、それだけを告げて終わりにします。

追求しても無理。

喧嘩をしてここを出ていかれることの方がずっとずっと痛いから。

ネパールで細かい事を考えても環境が着いて来れない。

白坂さんの動画も日本と言う国では出来ても、この国では悩みの種になってしまうことも。

これも含めて順応性が自分に問われているのだと感じます。
「Espresso Bar」と言うイタリアン スタイルに興味がある。

今後 バクタプルやバンディプール、パタンといった観光地でもありネワール建築の場所でCafeと言うスタイルではなく「Bar」と言うスタイルのエスプレッソ バー 。

ポカラならレイクサイドから北に15km程行ったオールドバザールがその雰囲気に適しているのだが・・・


ポカラ オールド バザールもカフェを始める為に2年前 視察したのだが、観光客がほとんど来ないこの場所でしかもエスプレッソは時期尚早だった。



イタリアのエスプレッソ バー。
どこかネワール族の場所と雰囲気も似ている。


バンディプールの町並み。



こちらはイタリア。



どんどんやりたいことは変わっていってもいい。

今イメージしているのはネワール建築の場所で観光客を相手とした「Bar」はバーでもイタリア式 Espresso bar。

お酒を飲まない自分だからこそ、こちらの「Bar」をネパールに広めていけたら・・・

1号店をバクタプルに出して、2号店はパタン。3号店はバンディプール。そしていずれはポカラのオールドバザールに地元の人へのエスプレッソ バーを・・・ 

20年後 エスプレッソをたしなむネパリが・・・ ハジュルバ(おじいちゃん)、ハジュルバ(おばあちゃん)が・・・  

本物の焙煎したて淹れたてエスプレッソは芳醇でウイスキーやワインにも負けない美味しさがある。

「Espresso bar」をここで試していきます。

先ずはここでは聞いたことのない「Espresso bar」の看板作りから始めていき、試行錯誤して次のヒントを探していきます。



毎日 経験の中で考えている事。それはどの様にビジネスをしたら物が売れて新たな何かを産み出していけるのか?

それは決して売り上げだけでは計れないが、それが数字として現れるのが売り上げ。だからどうしたら売り上げを上げていけるのか?

売り上げが上がらないと金銭的 精神的 余裕が生まれず、次の新たなものに進んで行けない。


「投資」

お金を抱えていても役には立たないので、「投資」というものへの意味と意思をしっかり持って、今 抱えているお金を価値を産み出すものへ変えていきます。






越えなければいけないものがある。

いつまでも自分がここに居てはいけない。

売り上げが落ちても任せられる日を少しづつ作っていかなくては。

経験の中でしか売り上げは上げていけない。

「自分がここにいないと売り上げが下がってしまう」という恐怖感。

でも自分がずっとここにいたのでは次に進めない。

昨シーズンは店を閉めてここを離れていた。

不思議なことに気が楽だった。

何故って? 自分がいない事で売り上げが落ちる・・・ その恐怖が生まれないから。

売り上げのことを考える必要がないから。

これではいけない。

自分がここにいないのはとても不安だけれど、閉めれば売り上げはゼロ。経費等を引けば店を開けないだけで1日4千円程の赤字になってしまう。

売り上げが落ちても、そこを少しでも賄ってもらえれば。少しでもプラスが出れば。

自分がいないことでの売り上げの不安を自分は越えていかなくてはいけない。

経験を積むことで少しづつサルミラが売り上げを上げていけるように。

自分の仕事をしっかりやって、見守っていかなくては。

自分の仕事は分かっている。

実際にコーヒーを淹れる事でもなければ焙煎することでもない。

唯一無二の物を作って、宣伝をして、常に新たな事に挑戦をして、お客さんを増やしていくこと。

それが強いてはネパール、世界の人々の幸せに少しでも繋がる事。

それが自分の仕事です。



1月8,9,10日と休みを取って訪れたバンディプール。

新年頑張って働いたからその骨休めだったが、それ以来 ビジネスは順調で床屋に行く時間も無く、気が付けば今日で2月も終わり・・・

2月は自己最高の1日平均2万円売り上げ突破。

1日もここを離れることなく働いたのと、旧正月で東アジアの人が多く訪れたから。

ネパールで月に57万円の売り上げで、生活費も合わせてp支出が32万だったから今月だけで25万 貯蓄。

5年間で500万 貯蓄して次のビジネスへ!

1年後にはその見込みも立てられそうだ。

これからは宿泊ビジネスに手を付けていきますが、もちろんただのホテルをやるつもりは全然無く、立地条件もそれでは他に全く叶わない。

中長期 滞在型のクリエイティブ イノベーションを創造していける場所。

例えば作家や芸術家、詩人が滞在して作品創りをする場所であったり、クリエーターが滞在して作業する場所であったり・・・

自分も刺激を受け新たな物を産み出していける居場所。

そんな想像をしています。


バンディプールのホテルは最上級のOLD INN 。

1泊1万以上しますが2泊で雰囲気の違う別々の部屋に泊まりました。

ビジネスマンとして泊まるんだったら最上級、移動するんだったら飛行機、食べるんだったらいいもの。あとは服装・・・

意識を変えていくためにも心がけている事です。







喧嘩ばかりしていて御免ねサルミラ・・・

ここでの5年間は彼女も大変だけれど、いつか幸せな日々を過ごさせてあげたい。

自分もビジネス ビジネス ばかり頭にあるけれど、ここでの5年間は勉強の時間。一点集中でビジネスの事を考え続けます。
結婚して痛感していることは、自分はネパールではないツーリスト エリアで10年 過ごしていたと言う事。

そこは英語で全ての用が足せたし、食べたいものも何でもあった。

サルミラとの関係が上手くいかないのは意思の疎通が言葉で出来ない点に尽きる。

思えばレイクサイドにいたときも結婚式等で周りがネパール語だけの時間を2時間も過ごせば、頭が痛くなって疲れてしまった。

今は外国人観光客と会話する時 以外はネパール語。24時間 ネパール語。スタッフも合わせて周りに英語が話せる人は誰もいない。

だから夜に日本語で聞ける番組を見ていても、サルミラにとってはそれが許せないらしい。

日本語を聞く・・・ それは唯一のリラックス出来る時間なのに。

国際結婚していても相手が日本語を話せれば最高だけれど、最低でも多少の英語でのコミュニケーションが出来ないとそれだけでストレスになってしまう。

言葉を使っての意思の疎通がほとんど出来ないのはストレス。

学校に行っていないから英語は出来ないのは自然かもしれないけど、レイクサイドで仕事をしていた事もあるし、ここまで英語ができないとは想像できなかったのは10年間 ネパールにいても英語の出来る人達、その場所で生きてきたから。

自分がネパール語をもっともっと覚えるしかない。

今のままではサルミラの言葉を勘違いして受け取ったり、真意を伝えたくても言葉に出来なかったり、文化も全く違ったり・・・・

喧嘩はいつも同じ事で始まってしまう。

今日もサルミラはここでは寝ないで、スタッフと一緒に寝ています。
昨日 サルミラの祖母が亡くなった。

誰も本当の年齢は分からないみたいだけど、90歳くらいと言っていた。

サルミラの父が多分50歳位で、それも誰も分からないみたいだけど、その父には二人の母親がいて亡くなった母は後妻で子供はいなかったらしい。

そう考えると亡くなったお婆ちゃんは多分 70歳過ぎぐらいだと思う。

今ですら40歳で結婚する女性などいないのに、その時代にはとても考えられないから。

年齢などどうでもいいのか、サルミラも父母の年齢、それに自分の年齢すら知らない。

昨日 サルミラの家に行って亡くなったおばあちゃんを前に笑っていたサルミラ・・・  余り詳しく知らない人なのかも。

でも今日 焼かれる遺体を見ながら少し泣いていた。

牛も山羊み豚も鳥も焼いているとき皮膚が溶けていくのを直に見ているからなのか、人が丸焼けされる風景。人の皮膚も同じように溶けて焼かれていく風景に何も違和感は感じなかった。


今日もその後 喧嘩して別の部屋で寝ている。

サルミラとは喧嘩が絶えない。

言葉が通じない。

でもこの6ヶ月間 こんな感じは度々。

休めなくストレスとで疲労困憊は結婚する前もした後も変わらない。

売り上げは上がっているからお金は貯まってはいくけれど、時間に追われ売り上げに追われ、そのお金を次に投資する精神的 肉体的 余裕がない。

明日の朝 どんな顔をしてサルミラと会おうか・・・

早く経済的 自由を獲得して、限られた人生の中で本当にやりたいことを毎日 毎日やっていけるように。

そこを目指して未だ1年半。

今は未だ色んな感情を経験している段階。

そこを超えないと金銭的にも時間的にも私生活も自由に生きて心の平安を獲得することは出来ない。



昨日 一人の日本女性がレイクサイドにアーユルベーティクのカフェをオープンしました。

一度うちにも来てくれてお話ししましたが、元ホステスで世界を旅してここに居場所を見つけたとか・・・ で、既にここで車も買って乗り回している自分の好きな行動力のあるユニークな女性。

アーユルベーダに心酔していて、よく分かりませんが全てオーガニックの物を使ったカフェの様です。

パテシエ並みの腕前があるようなので、彼女の店でケーキを頼んでコラボレーションを考えています。


1月10日以来 休みが取れないでいますが、先日「今までに見たことのないカフェだ!」と外国の方に言って頂きました。

これが答えです。

コーヒーチェリーがそこにあって、1ヶ月乾燥させたチェリーの脱穀を目の前でスタッフがやっていて、そのグリーンビーンズを目の前でローストしてそのコーヒーを飲んでもらう。

視覚と触覚と嗅覚と味覚。

今ではパイロットの時と差ほど変わらない収入になっています。

カフェとしては弱点であるスイーツを充実出来れば・・・  

その話を日本女性のカフェで話し合ってきます。


ターゲットはネパールの未来を変えていくであろう1%の人達。

唯一無二。

価値とは希少性。

一点集中で他には存在しない自分だけの物を経験を積みながら創っていきます。

今は中国の新年にあたり中国人 観光客も多目で、毎日 何だかんだで忙しい。

もう1ヶ月 以上も時間がなく、床屋にも行けず髪も髭も伸びてしまっている。

自分が店頭に立って接客する自営業的 立場は何とか2年目の今シーズンまでで終了したい。

3年目からは本格的にホテル経営を始めるので、どうやってこの場所とこの建物で宿泊ビジネスが出来るのか?! 常に考えている。

この5年以内にビジネスオーナーとしての方向性を決めて行動していかないといけないので、その為には色んな所に出向いて、見て、触れて、ここを離れてからのビジネスをここにいる間に決める。

その為には自分が自営業者で、自分が店先に立って動いていたのでは失格。

自分がここにいなくても自分がいるのと同じ売り上げが立ち、自分がここにいなくてもお金が入ってくる状況 作り。

それを後2年半でやって、残りの1年は次の場所探しとビジネスの具体的な道を決めて投資していく。

一ヵ所だけでビジネスをやるような事はしない。

ビジネスオーナーとして複数の場所でビジネスを展開 出来る事が当然だし、今は日々 考えながらその経験をひとつづつ重ねていきます。


ここがポカラ 日本山妙法寺。
ここでの5年間はビジネス勉強であり、休めないし自分の目標に追われて日々ストレスに襲われている。

こんな世界があったんだ !

いつも何時も考えているから脳でエネルギーを使いきってしまう。

生き方、働き方は変わり、従業員から自営業者へ。

パイロットも人の下で働いていたから雇われの分際だった。

2年目の今シーズンは1日の平均売り上げ昨年の2倍で15000円だけれど、来シーズンは更に2倍の30000万を目標にするからこんなビジネスをやっていては達成出来ない。

今は全く手を付けていないホテル経営を本格的にやっていくが、自分の時間を切り売りして、つまり自分がここで宣伝してここで働いている自営業者では来年以降は売り上げ面で目標とかけ離れていってしまう。

必然的に自分がビジネスオーナーとして、自分がいなくても、自分が働かなくてもお金が入ってくる稼げる仕組みを作っていかなくてはいけない。

この段階でこの世の3%の人に絞られる。

10年後にはネパールで年収2000万。

必然的に自分の立場を変えていかなくては到底 無理な数字。

ここでの勉強 経験の後、自分の全てのお金を投資してビジネスを広げていきます。

今の自分には分からない世界ですが、必ずや見えてきます。



ビジネスをやってみたい場所のひとつ バンディプール。
風邪をひいてしんどい日が1週間程 続いたが、昨日 夕方 寝てから峠は越えたようだ・・・

それほど寒くないポカラでダウンジャケトとズボン2枚に毛糸の防止と毛布3枚で寝た。

明日で1月が終わり、2月に入ると初夏の暑さがやって来るポカラ。
今でも日射は暑いのに風が肌寒い・・・ この気持ち悪さに自律神経も調整が効かない様で、体調を崩してしまった。


今シーズンも5ヶ月間が終わり、少し計算してみたが目標の売り上げ2倍には届いていない事が分かった。

その理由は9月にあって、自分が日本に帰っていた3週間の売り上げが昨年を大幅に下回っているから。2倍には9月だけで20万 足りない。

自分が戻った10月からの4ヶ月間は2倍を超えているので、そのマイナスを2倍に更にプラスしていかないといけない。

それは1人でやっていた4月~8月の5ヶ月間で昨年31日間も店を閉めていたので、店を閉めることなく営業するなかで目標達成に向かっていく事に。


最近 ここポカラでも建て家の販売 広告をよく見かけるが、平均で2千万ほどの値段になっている。別に高いわけでもなく、ネパールの都会でもこの値段が普通になっている。

2千万・・・ 何でこんな金額 自分は稼ぎ出せないのだろうか?!

大した金額でもないのに。

それが出来ていない自分が気持ち悪く、居心地が悪い。

今年の売り上げは昨年の2倍であったとしても550万程。それが今の目標。そのレベル。

ここでの5年間からのスタート。

ビジネスマンとしてここネパールで成功したい!!!
結婚して約半年・・・・

喧嘩が絶えない。

聞いた事に対して、とんちんかんな言葉しか反って来ない。

英語が全く出来ないのでネパール語だけでしか会話できないのだが、自分のネパール語だけでは細かい意思の疎通が全く出来ない。

怒って終わり、また同じことを繰り返す。

何処まで分かっているのか? すら全く分からない。

外国人観光客と英語で会話できる時が一番 ストレスを解消出来る。

村だから周りに英語で会話できる人もいない。

仕事を終わってから妻との会話はほとんど無い。

Yes か No か。

どちらかで答えて下さい!

その答えが「右」であったり「昨日」であったり「帽子」であったり・・・

全く会話が成り立たないのは、何か理解出来ない機能障害でもあるのか? と思ってしまう。

Yes か Noでいいのに、だらだらとネパール語で説明されるとこちらも逆に取ってしまう。

言葉の10%でコミュニケーションを取っていて、感覚も違い、文化が全く違う女性と生活していくことがどういうことなのか? 

英語がこんなにも出来ない事もずっとレイクサイドにいたので想像以上だったけれど、風邪もひいてコミュニケーションも取れなくて、ビジネスは上手く行っていてもストレスと精神的に疲れて何をやっているのか? 分からない状況です。

大きな何かを間違えて、教えられてきた。
でもこの人に会って、その事に気付けた。
悔いの無い人生を過ごす上で、これだけではないけでどこのお話しは凄いお話しになりました。

日本の女性とネパールの女性は違う。


だから結婚して生活面はサポートしてもらえても、ビジネス面でアイディアを出しあったり話し合って変えていくことは以前と全く同じで、自分 一人で悩み考えなくてはいけない。そこのサポートはネパール女性には出来ない。


自分で考える力はゼロ。どのようにしていったらいいのか? 売り上げが落ちていく・・・
その精神的ストレスをサポートしてもらえない事が日本女性とは全く違う。


お互いに話し合い、アイディアを出し合い、精神的 苦痛を少しでも分かってもらいサポートしてもらい・・・ 変えていく。


それが全く出来ない。


どこまで分かっているのだろうか?


仕事面で妻はスタッフの一人。

自分が望んでいたのは共に考え、アイディアが1+1=1ではない情況。

結婚して日本の女性との違いを先ずその点で感じています。

と同時にそこに自分のビジネスマンとしての力の無さを痛感します。


ネパール タイムスの取材を受けました。

焙煎を主にコーヒー作りの過程を見てもらい、それを知ってもらうと同時に宣伝にもなる新たなプロモーションスタイルのカフェです。

この地に非画一的な在り方、文化を創っていく事が目的です。



星野 仙一さんが亡くなった。

若かりし頃の映像をみても、あの闘志と言動には惚れ惚れする。

人生はその人の生き様を描いていく限られた時間、限られた場所。

あと何年生きられるのか? 誰にも分からない。

悔いなく精一杯 感謝の気持ちで限られた時間を生きていく。

そう決めた。




「次のビジネスに向かう5年後までに500万 貯える」そう決めてスタートした1年と4ヶ月前。

その期日は2021年8月31日。残り3年と8ヶ月。

その為には今シーズン 初年度の2倍の売り上げが必要。

そしてここまで初年度の2倍以上の売り上げを上げてきた。

この31日,1日の最も忙しい2日間の目標 売り上げ1日4万も31日が5万、1日が4万と達成出来た。
これも昨年の2倍以上。

いつも売り上げのことばかり書くようになったが、これもパラグライダーをやっていた以前とは全く違う。

今は自分で考えて行動して稼いでいくビジネスマン。

昨年の売り上げが小さく見える。

来年の今ごろも「2018の今」この状況は小さく見える筈。

見えていない事が無限にあるから、売り上げはもっともっと上げられる。




今日 ここの村から村人が持って来たコーヒーチェリー。
1kg100円で買い取っていますが、これまでに35kg程 買い取りました。

今シーズンは50kg程 買い取る予定でいます。

外皮を剥いて天日で2週間 乾燥させて、その後 再度 内皮を剥いて、その後に焙煎します。

コーヒーチェリーを買い取って、そこからコーヒーを淹れるまで自分でやった方が利益は出ますが手間暇が掛かるので今シーズンは50kgまでと考えています。(50kgのコーヒーチェリーから焙煎後にコーヒとなるのは15% 7.5kgぐらいと微々たる量)

一番の目的は、町では出来ない収穫後からの工程を全てを見てもえるコーヒー屋さん。

焙煎はその中心ですが、このスタイルそのものが他には無く、全てが通りすがりの人への宣伝となって売り上げは倍以上となっています。

もう既に忙しいですが、これから年末年始は地獄?の忙しさが待ち受けています。

毎日9時間 寝て、次の日の準備を日々 繰り返す・・・

人手が足りない。

女性スタッフ2人が辞め、サルミラとも大喧嘩をし、ここを出て行きそうになったのが先週の日曜日。

人生で2度目・・・  女性の顔を平手撃ちしてしまった。

1度目は30年前 母親だった。

その3ヶ月後に母は癌で亡くなった。


自分はネパールに来てから性格が変わった。

大きな声で怒鳴り、怒りを露にすることは文化や言葉に対応できないでいる事の証し。

これも必死になって一生懸命やっている証し。エネルギーがある証しだと正当化してきた。

しかし今回、サルミラの泣き顔を見て自分が間違っている事に気付いた。

余りにもビジネスの事ばかり考えて必死になり、売り上げばかりを追いかけて、それをサルミラにも求めて、もっと大切なもの、それを失う事になりそうだった。

そうやって大切なものを失った人。自分がいつも話しを聞いている白坂さんもそうやって結婚直後に離婚している。


ビジネスの事を常に考え続けるのは生きていくためにも必然なことだが、それによって周りが見えなくなる事はプラスとマイナス。これも必然。

ひとつ大きな経験をした。

サルミラを泣かせる様な事はもうしない。

だからと言ってこのエネルギーを押さえ付ける事でビジネスへのエネルギーを失う事も出来ない。


もう以前の様に身体で汗を流すことはないけれど、ビジネスで脳汗とサルミラの隣で夜 涙を流す事が多いこの頃。

天国のお母さんとお婆ちゃんとサルミラがひとつとなって見えて来ます。

ごめんね。見ていて下さい。大切にします。

そして感謝しています。

ありがとう。








昨日はネパール総選挙でストライキだったので、1日店を閉めてここから歩いて1時間程のコピラ ゲストハウスに行って来ました。

コピラを訪れるのは実に4年ぶり・・・

サルミラとの喧嘩が絶えないのは自分のネパール語では意思の疎通が上手く出来ないのと、ビジネスに対する不安と恐怖で自分が焦り苛立ってしまうから。

ここ2ヶ月間で貯金も出来ているのに、休むことをためらうのも約束された収入が無いから。

今回の休みも1泊1日のみ。
今朝は8時から歩いて戻り店を開けました。

きりがないから。毎日 毎日だから。売り上げに追われること無くサルミラと2人で1週間位 何処かに行きたいのが本音です。

ここでの5年間は本当にしんどいし、大変だし、でもビジネスを始めて最初に経験しておいた方が、ここを卒業してから精神的にも経済的にも自由になれる。

1年と3ヶ月が終わりました。

卒業まであと3年と9ヶ月。


Ps 来週月曜日と火曜日カトマンズへ行って来ます。飛行機で行って翌日 飛行機で戻って来ます。
ビジネスマンなのでバスでは行けません。安くて時間の掛かるバスで移動ではビジネスマンとして成功出来ない!



コーヒーの収穫シーズンに入り、この村でもコーヒーの実が生り、今までに20kgのコーヒーチェリーを村人が持って来ました。

店先と屋上で乾燥させていますが、果肉を付けたままの自然乾燥と果肉を取って実を洗って乾燥させる方法 両方を試しています。

今シーズンは試験的に50kg程を乾燥させて、コーヒーチェリーの段階からコーヒーを作ってみます。

量的に50kgは極少量ですが、それを乾燥させて焙煎まで終わるとその15%程の分量になるので、出来上がりは7.5kg程のコーヒー豆にしかなりません。

村ならでわの街では出来ないスタイルのコーヒーハウス。それは収穫の段階から乾燥、焙煎、そしてコーヒーを淹れるまで全てをショウアップ出来る点。


昨日は開店以来 初めて1日で3万を超える売り上げでしたが、サルミラとの喧嘩も絶えなく、売り上げが上がっても嬉しさを感じられない状態です。

確かに売り上げは昨年の倍以上ありますが、売り上げに追われ、目標に追われている・・・ それが率直な感想。

明日は選挙でネパール全土がストライキ。

サルミラとここを1日離れて休息と話し合える時間を作ります。

1日お休みします。


11月も終わり、今年も後1ヶ月。
今年は変化の多い1年だった。

サルミラとの結婚。
尊敬し、大好きだったおばあちゃんの死。

12年前・・・ 弟が結婚した後におじいちゃんが亡くなり、今年 自分が結婚した2ヶ月後におばあちゃんが亡くなった。

明後日はおばあちゃんの49日。

お墓への納骨。


別に無理して来なくてもいいよ・・・  そうおばあちゃんが言っているから、行かないでここでビジネスをしっかりやります。

来年必ずサルミラを連れておばあちゃんに手を合わせに、一緒にお墓参りに帰ります。

うちの両親も来年ネパールにサルミラの家族に挨拶も兼ねて来る予定なので、ネパールの良さと自分のビジネスも見てもらい、自分の意思を少しでも感じてもらえればいいかな・・・

地元の下呂にネパール人と結婚した日本女性がいて、彼女がうちの両親と一緒にネパールまで来てもいいと話しているので、どうやって両親がネパールに来るのか?・・・ その心配もなさそうです。


来週にはネパール総選挙があります。

ストライキが心配されますが、結婚の件でカトマンズに行かないといけないので、来週 自分一人ですがカトマンズに行きます。

総選挙の日は店を1日閉めてサルミラと近場で何処かに行こうかな・・・  


11月は初めて売り上げ50万を越える月となりました。

昨年の11月が24万だったので、目標の売り上げ2倍も達成できました。









考えて考えて、自分の頭で考えて、未だ見えていない方向性を見つけ出す。

そうしなければお金は稼げないし、次に進めない。

今、そうしなければいけない状況下にいる事にワクワクしている。

ビジネスは先が見えない、怖くて不安で身震いする魅力的な世界。

見ている世界が変わった。
「売り上げ2倍」その事だけに集中して決断しているから、異常な程にビジネスの事ばかりを考えている。

何処にも無いスタイルは上手くいっていて、その場でローストし計り売りコーヒーも上手くいっている。

お陰でローストが間に合わない程だが、10月、11月の晴天と日射と高気温とヒマラヤの悪条件の中で苦しんだ時期も終わった。

4日前から気候も代わり、寒くなり、空気も霞んで来た。

苦しい状況下でも昨年の2倍以上の売り上げを出せた事で、これから寒い2ヶ月間は更なる売り上げが見込める。

更に新たな試みを始める。

ここ日本寺の村でもコーヒーの実が生り、今から収穫時期を迎える。

そのコーヒーチェリーを1kg単位110円で買い取って、うちの屋上に広げて乾燥させ、店先にも並べる。
見た目も華やかなコーヒーチェリーは宣伝効果もあり、栽培以降の行程から焙煎 販売、そして淹れるところまで全て見てもらい、それがまた宣伝となっていく循環。

間違いなく街には存在しないスタイルのカフェ。

至るところにエスプレッソ マシンが増え、コーヒーが飲める所は増えたが、コーヒーその行程を見せながらやっているカフェは矢作さんのラトナとうちだけ。

そこに多くの人が通り、エスプレッソもドリップもフレンチプレスもモカも淹れられるカフェはうちしかない。

看板にも店の名前やカフェやホテル等の文字は入れず、メッセージ性のある言葉を使っている。

まだまだやれることは沢山ある。

売り上げも全然 足りない。

だから追い詰められている。

  
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プロフィール
HN:
kazu
年齢:
52
性別:
男性
誕生日:
1971/09/08
職業:
パラグライダー
趣味:
たそがれ、物想い、静寂、心穏やか、不安、楽しむ
自己紹介:
Kazu
Japan spirits and pride
Professional tandem / Adventure pilot

世界最高峰のヒマラヤ、神の国ネパールで生きていく為に始めた空飛ぶ道具パラグライダーでコマーシャルタンデムをやっています。夢は神の山マチャプチュレへの冒険フライトに挑戦すること。
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