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その人が何処から来たかなど、どうでもいいではないか。 どんな地位にあるか、どんな功績があったのか、どんな血筋を引いているのか、など全くどうでもいいではないか。 ただ、その人の行いを見よ。 今ここに於いて、何をするのかを見よ。 行いが正しく、羞恥があり、身と心を慎んでいるのであれば、その人は生まれがどうあれ、今から高貴な人ではないか。

前に書いた様に何がどうなるのか ?  コロコロと変わり続ける。

昨日 大きな変わり目にいることに初めて気付いた。

「この物件はもう売れたので、3ヶ月で出ていって下さい・・・ ?」そう急にここの家主から言われた。

5年契約の2年が終わり、2年目からやっと利益が産み出せるようになった。そして3年目、4年目、5年目と利益を増やしていける状況にやっとなった今。

ここで終われば200万円投資して始めたこのビジネスの元も取れないで終わる。マイナスのまま。

契約書に「売りの出して買い手が見つかればその時点で3ヶ月で出ていく」と書いてあると言うが、契約書は弁護士が持っていてそれを確認しなければいけない。

売りに出していることも知らなかったし、5年後にはオーナーが自分でビジネスをするか別人に貸し出すものだと思っていた。

何の情報もなく売れてから言われても、こちらの次の準備も人生設計も出来ない。

ここで5年計画でビジネス勉強をしようと思っていたのだが・・・


先ずは契約書を確認して弁護士と相談して、それが果たして違法ではないのか? 話し合って検討することになります。


でも自分の中では次に向かっていて、窮地なのにワクワクしている自分がいます。


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あと1ヶ月でビジネス2シーズン目が終了します。

今シーズンは1シーズン目の売り上げ2倍を目指して店を経営しています。

今シーズンの終わりが見えて来るなかで、次のビジネスを意識するようになってきました。

自分が目指しているのはビジネスオーナーです。

8年後には年の売上 2千万円。

それは今の様なビジネスを4つ展開しないと到達出来ない数字です。

今のビジネスはまだ契約が3年残っていますが、今のビジネスだけをやっていても2千万には到底 到達出来ません。

今以上の経営をここでしながら、これから1年で次のビジネスの準備をして、ここでの残り2年は次のビジネスと平行にやっていきます。

あと1年で新たなビジネスを始めます。



ポカラ レイクサイドの対岸。森と湖の麓にあるコピラ ネーチャーホーム。(下の写真)

ここも貸し手を探しています。知り合いでもあり、環境も他との差別化出来る場所にもあり、ボードでの往復だけではなく妙法寺に新たに出来る駐車場からの車道も作っているので、魅力あるビジネス場所。

バイクで行き来 出来れば今のビジネス場所と近いので、両方を同時に見ながらの経営も可能です。

1年後まで借り手が現れなければ。又は1年後からでもOKならば。

考えているビジネス場所のひとつです。






今回のパタン滞在で紹介されたホテル。(下)

パタンと言う新たな場所と家賃が高いのをどう考えるのか?

森と湖のコピラ(上)とは間逆のシンプルで高級感のあるコンパクトなホテル。

今はホテルだけですが1階にカフェを併設して、上のキッチン付きテラスに出所シェフを呼ぶ等・・・  やり方次第でビジネスも変えられる。

先ずは一度オーナーに会ってお話を聞きたいビジネス場所です。



上手く事が進んでいかないここの環境で感じることは、日本とネパールではビジネスで成功していく上での根本が違う事。

ルーティーンと言うか同じことが続いていかない。

1時間毎にシチュエーションが目まぐるしく変わっていく。

今日も「今日には終わると言われ続けても今朝は結局1週間 滞在したのにビザの切り替えが終わらない状況に・・・からの今すぐイミグレーションに来い今日中に結婚ビザが貰えるに変わり、イミグレーションに行ったものに結局 今日は無理だから土曜日(休日)明けの日曜日に来いに変わった。」

毎日 状況が変わるなか朝の段階でポカラにいって1ヶ月ツーリストビザを更新して、その時期を待つ事になったので明日の飛行機をブッキングしたのに結局キャンセルでキャンセル料3500円。

普通に物事が進まないから、明後日にはどう状況が変わっているのか分からない。

この間はスタッフ3人が店にいるのだが、売り上げは自分がいる時の半分でこのままだと今シーズンの目標としているシーズン1年目の2倍の売上に届かなくなってしまう。

何か数字上の目標とかではなく、如何にこの変わり続ける状況をその都度プラスに捉え行動していくのか?

数字にハッキリと現れる売り上げは大事だが、そこだけに囚われていてはここでは成功できない。

ずば抜けたビジネスに対する感覚と、どうにでも状況をプラスに変えていける感覚。

緻密さと鈍感さ。

どうにでも出来てしまう人がここでは成功していく。



中世にタイムスリップした感じ。

ヒンズー教のお寺。

カトマンズではいつもお世話になっているホテルのオーナー ラジューさん。

後ろはチベット仏教のゴンパ。

ビザの変更でカトマンズへ来ましたが、どうにもこうにも長期戦になりそうです・・・
その合間を縫ってパタンへ(上の写真はパタン ダルバール スクエア)。

そこでひとつの物件を紹介されました。

HOTEL JYU






パタン ダルバール スクエアから歩いて1分の割りと静かな場所にあるホテルです。

ここのオーナーは日本に住むネパール人で本業は貴金属のデザイナー。
このホテルは彼の敷地に1年半前に建てた新しいもので、1泊1万円弱のネパールでは高級ホテル。

部屋数5つの静かに過ごせるこじんまりとしたシンプルでゴウジャスでセンスのいいホテル。

話では家賃25~30万円。

未だオーナーには会っていないので、今度 日本から帰って来たときにお会いしてお話をします。

話し合い次第ですが、1年後に賃貸をスタートしてもOKならば・・・

苦労と共に夢と希望が交錯しています。


ホテルの窓から

パタンで泊まったのはダルバール スクエアが一望できる6千円のホテルと・・・



文化遺産の中にあるTEMPLE HOUSE(ここは安くて3000円)に泊まりました。

最終日に見て回ったパタン・・・
巨大な迷路の様な古都でのビジネスは今とは全く違った環境。

再度 今度はサルミラとカトマンズに行くので、この迷路の様な街に泊まって観察。

多分10日後くらい。


パタン


カトマンズ ポカラ間に見えるマナスル8163m
車では1日かかる移動も飛行機なら30分程・・・
ちょっとしたマウンテン フライトが楽しめます。

(気になった右端のビル。今はネワールレストランやハンディクラフトのお店が入っている。立地は日本大使館の近く。難しいのは何をやるのか?!ではなくて、好立地条件で空いている物件を見つける事。その仕事は自分の中で既に始まっている。)



ビザの件でカトマンズに来ています。

あと3年で今の場所を離れて新たな場所でビジネスをすることになりますが、既にその場所 探しをしています。

今回はカトマンズに来ていますので、ここでのビジネスチャンスを探っての街歩きです。

ここ大都会カトマンズでビジネスをやってみたい気持ちも出てきています。

立地条件に物件の探し方。

色々な人と会って会話して、機会を伺いながら過ごしています。

飛行機で来て飛行機で戻るのだから、払う金額と生まれる時間。その分の価値はこの機会で得て戻らないと!

何処に行っても意識と見ている景色は今までと全く違う。

まだここで3年ありますが、何時でもその機会を狙って次のビジネスを始められる準備はしておきます。


今の物件、ビジネス場所。
村ですがポカラ日本山妙法寺に行く歩道沿いに有ります。

この上に新たなヒマラヤが見渡せる駐車場が出来るので(多分2年後???位)、その駐車場が出来たらそこで今の1/10位のスペースでスタッフ2人で出来るコーヒービジネスを考えています。

コーヒーだけならこんなに大きなスペースは必要ないし、家賃も押さえられる。ここ妙法寺でのビジネスも続けていくことが出来る。





気が付けば日記の更新が1ヶ月以上 滞ってしまった・・・・

この間に法廷で正式に結婚を交わし、書類上でも夫婦になりました。

今はビジネスビザから結婚ビザに切り替えている段階です。




結婚して10ヶ月が経ちましたが、喧嘩が絶える事が無かった・・・ そんな感じです。

お父さんとお母さんが来ている時にも喧嘩して、二人とも驚いていました。

結婚生活 最初は良くても段々と関係が悪くなる・・・ ではなくてその反対。

そんな未来図を想像しています。
うちのお父さんとお母さんがサルミラの家族に合いにネパールにやって来ました。

あの後 同じく男性が日本人で奥さんがネパール人の夫婦に話を電話で聞いてもらった。

ネパール人の奥さんのお母さんが日本人でお父さんがネパール人。そして彼女も日本に住んでいて日本語が話せるネパール女性。

話の中で思い当たる事もあり、自分が気付いていない文化。そこから来る彼女の振る舞いもあった。

少し気分が楽になった。

その後 別々にサルミラが離したベッドも彼女が直し、機嫌も良くなった。


ビジネスは上と自分が逆転していて、昨年に比べて売り上げが倍以上になった分、景色のいい上のレストランは売り上げが落ちていると聞かされた。

昨年 売り上げが日に2万以上だったのは年間で数える程だったが、今シーズンは普通で2月は平均で毎日 2万以上あったし、今日は悪天でお客さんは11時からだったが、それでも2万5000以上 売り上げがあった。

1週間後のネパール新年に向けて爆発的に忙しくなる。

スタッフももう一人 探している。

大きなコーヒーアートのモナリザとジョン・レノン も飾り、写真を撮っていく人も増えた。

間違いなく何処にも無い形のカフェならぬエスプレッソ バー。

断然 立地条件がいい上よりも売り上げが上がっている。

でも40%満たない完成度。

10年後には売り上げ最低2千万を年間で上げる。

先ずは最低でもここサンティ ストッパでトップを取ってポカラを出て行きます。







ここはネパール。しかし自分は日本人。ネパール語だけで24時間 会話をし、自分の伝えたい事をネパール語に置き換えてネパール語だけで意思の疎通をすることが出来ない。

「あなたはネパールに住んでいるのだから、ネパール語で全て意思の疎通が出来ないのはあなたが悪く、あなたの問題!」

その一辺倒で会話にならない。

少しでも自分がどんな精神状態で24時間 ネパール語だけの環境にいるのか?! 分かって欲しい。

国際結婚で日本語はもちろん英語も全く出来ない相手と結婚して上手くいっているカップルはあるの?

このコミュニケーションの事を考えると、今後ずっとずっとのことを考えると、自分はパニックになって寝ることができなくなる。

今度うちの両親がネパールに来るけど、うちの両親と自分とサルミラだけで1泊2日の旅行に出掛ける予定でいる。

サルミラは自分が会話に入れないから行きたくない・・・ と言う。

でもそれは普段 私が生活している状況。

その言葉の大変さを少しでも体験してもらえれば、私の精神状態を少しは分かってもらえる。

「ここはネパール。ネパール語が出来ないあなたが悪い!」だけで終わられては夫婦生活は無理。

英語が出来れば何の問題もないのだけれど、サルミラは出来ないから。

その歩み寄りが互いに必要です。


いつも同じ事で喧嘩になりここを出ていくサルミラ・・・

昨日は売り上げた筈のお金1000円が足らず、何処にいってしまったのか? で話し合いにならずに喧嘩になってしまった。しかし喧嘩はいつもお金が無い事で始まり、いつもいつも同じ展開になる。

お釣りの渡し間違いか、誰かが持っていったかしか基本ないのだが、週に2度はお金が足らない。

もう100円 200円は諦めているし、サルミラやスタッフが盗む事も考えられない。

自分が一人でやっていたときにはお金が足らない事はなかったが、自分が一人でやることが出来ず、他人にやってもらっているからには仕方がない。

彼等の計算力は分かっているし、他にいないし、ネパールだし・・・・

1000円足りなくても週に1回位なら、もう仕方がない。

そう考えないとやってられないし、ここはネパール。日本ではないから無理。

日本に住んでいたら考えられない事だけど。

これからも売り上げに対してお金が足らないことは何度も起こるけれど、サルミラに対しては幾らお金が足らないかだけ、それだけを告げて終わりにします。

追求しても無理。

喧嘩をしてここを出ていかれることの方がずっとずっと痛いから。

ネパールで細かい事を考えても環境が着いて来れない。

白坂さんの動画も日本と言う国では出来ても、この国では悩みの種になってしまうことも。

これも含めて順応性が自分に問われているのだと感じます。
「Espresso Bar」と言うイタリアン スタイルに興味がある。

今後 バクタプルやバンディプール、パタンといった観光地でもありネワール建築の場所でCafeと言うスタイルではなく「Bar」と言うスタイルのエスプレッソ バー 。

ポカラならレイクサイドから北に15km程行ったオールドバザールがその雰囲気に適しているのだが・・・


ポカラ オールド バザールもカフェを始める為に2年前 視察したのだが、観光客がほとんど来ないこの場所でしかもエスプレッソは時期尚早だった。



イタリアのエスプレッソ バー。
どこかネワール族の場所と雰囲気も似ている。


バンディプールの町並み。



こちらはイタリア。



どんどんやりたいことは変わっていってもいい。

今イメージしているのはネワール建築の場所で観光客を相手とした「Bar」はバーでもイタリア式 Espresso bar。

お酒を飲まない自分だからこそ、こちらの「Bar」をネパールに広めていけたら・・・

1号店をバクタプルに出して、2号店はパタン。3号店はバンディプール。そしていずれはポカラのオールドバザールに地元の人へのエスプレッソ バーを・・・ 

20年後 エスプレッソをたしなむネパリが・・・ ハジュルバ(おじいちゃん)、ハジュルバ(おばあちゃん)が・・・  

本物の焙煎したて淹れたてエスプレッソは芳醇でウイスキーやワインにも負けない美味しさがある。

「Espresso bar」をここで試していきます。

先ずはここでは聞いたことのない「Espresso bar」の看板作りから始めていき、試行錯誤して次のヒントを探していきます。



毎日 経験の中で考えている事。それはどの様にビジネスをしたら物が売れて新たな何かを産み出していけるのか?

それは決して売り上げだけでは計れないが、それが数字として現れるのが売り上げ。だからどうしたら売り上げを上げていけるのか?

売り上げが上がらないと金銭的 精神的 余裕が生まれず、次の新たなものに進んで行けない。


「投資」

お金を抱えていても役には立たないので、「投資」というものへの意味と意思をしっかり持って、今 抱えているお金を価値を産み出すものへ変えていきます。






越えなければいけないものがある。

いつまでも自分がここに居てはいけない。

売り上げが落ちても任せられる日を少しづつ作っていかなくては。

経験の中でしか売り上げは上げていけない。

「自分がここにいないと売り上げが下がってしまう」という恐怖感。

でも自分がずっとここにいたのでは次に進めない。

昨シーズンは店を閉めてここを離れていた。

不思議なことに気が楽だった。

何故って? 自分がいない事で売り上げが落ちる・・・ その恐怖が生まれないから。

売り上げのことを考える必要がないから。

これではいけない。

自分がここにいないのはとても不安だけれど、閉めれば売り上げはゼロ。経費等を引けば店を開けないだけで1日4千円程の赤字になってしまう。

売り上げが落ちても、そこを少しでも賄ってもらえれば。少しでもプラスが出れば。

自分がいないことでの売り上げの不安を自分は越えていかなくてはいけない。

経験を積むことで少しづつサルミラが売り上げを上げていけるように。

自分の仕事をしっかりやって、見守っていかなくては。

自分の仕事は分かっている。

実際にコーヒーを淹れる事でもなければ焙煎することでもない。

唯一無二の物を作って、宣伝をして、常に新たな事に挑戦をして、お客さんを増やしていくこと。

それが強いてはネパール、世界の人々の幸せに少しでも繋がる事。

それが自分の仕事です。



1月8,9,10日と休みを取って訪れたバンディプール。

新年頑張って働いたからその骨休めだったが、それ以来 ビジネスは順調で床屋に行く時間も無く、気が付けば今日で2月も終わり・・・

2月は自己最高の1日平均2万円売り上げ突破。

1日もここを離れることなく働いたのと、旧正月で東アジアの人が多く訪れたから。

ネパールで月に57万円の売り上げで、生活費も合わせてp支出が32万だったから今月だけで25万 貯蓄。

5年間で500万 貯蓄して次のビジネスへ!

1年後にはその見込みも立てられそうだ。

これからは宿泊ビジネスに手を付けていきますが、もちろんただのホテルをやるつもりは全然無く、立地条件もそれでは他に全く叶わない。

中長期 滞在型のクリエイティブ イノベーションを創造していける場所。

例えば作家や芸術家、詩人が滞在して作品創りをする場所であったり、クリエーターが滞在して作業する場所であったり・・・

自分も刺激を受け新たな物を産み出していける居場所。

そんな想像をしています。


バンディプールのホテルは最上級のOLD INN 。

1泊1万以上しますが2泊で雰囲気の違う別々の部屋に泊まりました。

ビジネスマンとして泊まるんだったら最上級、移動するんだったら飛行機、食べるんだったらいいもの。あとは服装・・・

意識を変えていくためにも心がけている事です。







喧嘩ばかりしていて御免ねサルミラ・・・

ここでの5年間は彼女も大変だけれど、いつか幸せな日々を過ごさせてあげたい。

自分もビジネス ビジネス ばかり頭にあるけれど、ここでの5年間は勉強の時間。一点集中でビジネスの事を考え続けます。
結婚して痛感していることは、自分はネパールではないツーリスト エリアで10年 過ごしていたと言う事。

そこは英語で全ての用が足せたし、食べたいものも何でもあった。

サルミラとの関係が上手くいかないのは意思の疎通が言葉で出来ない点に尽きる。

思えばレイクサイドにいたときも結婚式等で周りがネパール語だけの時間を2時間も過ごせば、頭が痛くなって疲れてしまった。

今は外国人観光客と会話する時 以外はネパール語。24時間 ネパール語。スタッフも合わせて周りに英語が話せる人は誰もいない。

だから夜に日本語で聞ける番組を見ていても、サルミラにとってはそれが許せないらしい。

日本語を聞く・・・ それは唯一のリラックス出来る時間なのに。

国際結婚していても相手が日本語を話せれば最高だけれど、最低でも多少の英語でのコミュニケーションが出来ないとそれだけでストレスになってしまう。

言葉を使っての意思の疎通がほとんど出来ないのはストレス。

学校に行っていないから英語は出来ないのは自然かもしれないけど、レイクサイドで仕事をしていた事もあるし、ここまで英語ができないとは想像できなかったのは10年間 ネパールにいても英語の出来る人達、その場所で生きてきたから。

自分がネパール語をもっともっと覚えるしかない。

今のままではサルミラの言葉を勘違いして受け取ったり、真意を伝えたくても言葉に出来なかったり、文化も全く違ったり・・・・

喧嘩はいつも同じ事で始まってしまう。

今日もサルミラはここでは寝ないで、スタッフと一緒に寝ています。
昨日 サルミラの祖母が亡くなった。

誰も本当の年齢は分からないみたいだけど、90歳くらいと言っていた。

サルミラの父が多分50歳位で、それも誰も分からないみたいだけど、その父には二人の母親がいて亡くなった母は後妻で子供はいなかったらしい。

そう考えると亡くなったお婆ちゃんは多分 70歳過ぎぐらいだと思う。

今ですら40歳で結婚する女性などいないのに、その時代にはとても考えられないから。

年齢などどうでもいいのか、サルミラも父母の年齢、それに自分の年齢すら知らない。

昨日 サルミラの家に行って亡くなったおばあちゃんを前に笑っていたサルミラ・・・  余り詳しく知らない人なのかも。

でも今日 焼かれる遺体を見ながら少し泣いていた。

牛も山羊み豚も鳥も焼いているとき皮膚が溶けていくのを直に見ているからなのか、人が丸焼けされる風景。人の皮膚も同じように溶けて焼かれていく風景に何も違和感は感じなかった。


今日もその後 喧嘩して別の部屋で寝ている。

サルミラとは喧嘩が絶えない。

言葉が通じない。

でもこの6ヶ月間 こんな感じは度々。

休めなくストレスとで疲労困憊は結婚する前もした後も変わらない。

売り上げは上がっているからお金は貯まってはいくけれど、時間に追われ売り上げに追われ、そのお金を次に投資する精神的 肉体的 余裕がない。

明日の朝 どんな顔をしてサルミラと会おうか・・・

早く経済的 自由を獲得して、限られた人生の中で本当にやりたいことを毎日 毎日やっていけるように。

そこを目指して未だ1年半。

今は未だ色んな感情を経験している段階。

そこを超えないと金銭的にも時間的にも私生活も自由に生きて心の平安を獲得することは出来ない。



昨日 一人の日本女性がレイクサイドにアーユルベーティクのカフェをオープンしました。

一度うちにも来てくれてお話ししましたが、元ホステスで世界を旅してここに居場所を見つけたとか・・・ で、既にここで車も買って乗り回している自分の好きな行動力のあるユニークな女性。

アーユルベーダに心酔していて、よく分かりませんが全てオーガニックの物を使ったカフェの様です。

パテシエ並みの腕前があるようなので、彼女の店でケーキを頼んでコラボレーションを考えています。


1月10日以来 休みが取れないでいますが、先日「今までに見たことのないカフェだ!」と外国の方に言って頂きました。

これが答えです。

コーヒーチェリーがそこにあって、1ヶ月乾燥させたチェリーの脱穀を目の前でスタッフがやっていて、そのグリーンビーンズを目の前でローストしてそのコーヒーを飲んでもらう。

視覚と触覚と嗅覚と味覚。

今ではパイロットの時と差ほど変わらない収入になっています。

カフェとしては弱点であるスイーツを充実出来れば・・・  

その話を日本女性のカフェで話し合ってきます。


ターゲットはネパールの未来を変えていくであろう1%の人達。

唯一無二。

価値とは希少性。

一点集中で他には存在しない自分だけの物を経験を積みながら創っていきます。

今は中国の新年にあたり中国人 観光客も多目で、毎日 何だかんだで忙しい。

もう1ヶ月 以上も時間がなく、床屋にも行けず髪も髭も伸びてしまっている。

自分が店頭に立って接客する自営業的 立場は何とか2年目の今シーズンまでで終了したい。

3年目からは本格的にホテル経営を始めるので、どうやってこの場所とこの建物で宿泊ビジネスが出来るのか?! 常に考えている。

この5年以内にビジネスオーナーとしての方向性を決めて行動していかないといけないので、その為には色んな所に出向いて、見て、触れて、ここを離れてからのビジネスをここにいる間に決める。

その為には自分が自営業者で、自分が店先に立って動いていたのでは失格。

自分がここにいなくても自分がいるのと同じ売り上げが立ち、自分がここにいなくてもお金が入ってくる状況 作り。

それを後2年半でやって、残りの1年は次の場所探しとビジネスの具体的な道を決めて投資していく。

一ヵ所だけでビジネスをやるような事はしない。

ビジネスオーナーとして複数の場所でビジネスを展開 出来る事が当然だし、今は日々 考えながらその経験をひとつづつ重ねていきます。


ここがポカラ 日本山妙法寺。
ここでの5年間はビジネス勉強であり、休めないし自分の目標に追われて日々ストレスに襲われている。

こんな世界があったんだ !

いつも何時も考えているから脳でエネルギーを使いきってしまう。

生き方、働き方は変わり、従業員から自営業者へ。

パイロットも人の下で働いていたから雇われの分際だった。

2年目の今シーズンは1日の平均売り上げ昨年の2倍で15000円だけれど、来シーズンは更に2倍の30000万を目標にするからこんなビジネスをやっていては達成出来ない。

今は全く手を付けていないホテル経営を本格的にやっていくが、自分の時間を切り売りして、つまり自分がここで宣伝してここで働いている自営業者では来年以降は売り上げ面で目標とかけ離れていってしまう。

必然的に自分がビジネスオーナーとして、自分がいなくても、自分が働かなくてもお金が入ってくる稼げる仕組みを作っていかなくてはいけない。

この段階でこの世の3%の人に絞られる。

10年後にはネパールで年収2000万。

必然的に自分の立場を変えていかなくては到底 無理な数字。

ここでの勉強 経験の後、自分の全てのお金を投資してビジネスを広げていきます。

今の自分には分からない世界ですが、必ずや見えてきます。



ビジネスをやってみたい場所のひとつ バンディプール。
風邪をひいてしんどい日が1週間程 続いたが、昨日 夕方 寝てから峠は越えたようだ・・・

それほど寒くないポカラでダウンジャケトとズボン2枚に毛糸の防止と毛布3枚で寝た。

明日で1月が終わり、2月に入ると初夏の暑さがやって来るポカラ。
今でも日射は暑いのに風が肌寒い・・・ この気持ち悪さに自律神経も調整が効かない様で、体調を崩してしまった。


今シーズンも5ヶ月間が終わり、少し計算してみたが目標の売り上げ2倍には届いていない事が分かった。

その理由は9月にあって、自分が日本に帰っていた3週間の売り上げが昨年を大幅に下回っているから。2倍には9月だけで20万 足りない。

自分が戻った10月からの4ヶ月間は2倍を超えているので、そのマイナスを2倍に更にプラスしていかないといけない。

それは1人でやっていた4月~8月の5ヶ月間で昨年31日間も店を閉めていたので、店を閉めることなく営業するなかで目標達成に向かっていく事に。


最近 ここポカラでも建て家の販売 広告をよく見かけるが、平均で2千万ほどの値段になっている。別に高いわけでもなく、ネパールの都会でもこの値段が普通になっている。

2千万・・・ 何でこんな金額 自分は稼ぎ出せないのだろうか?!

大した金額でもないのに。

それが出来ていない自分が気持ち悪く、居心地が悪い。

今年の売り上げは昨年の2倍であったとしても550万程。それが今の目標。そのレベル。

ここでの5年間からのスタート。

ビジネスマンとしてここネパールで成功したい!!!
結婚して約半年・・・・

喧嘩が絶えない。

聞いた事に対して、とんちんかんな言葉しか反って来ない。

英語が全く出来ないのでネパール語だけでしか会話できないのだが、自分のネパール語だけでは細かい意思の疎通が全く出来ない。

怒って終わり、また同じことを繰り返す。

何処まで分かっているのか? すら全く分からない。

外国人観光客と英語で会話できる時が一番 ストレスを解消出来る。

村だから周りに英語で会話できる人もいない。

仕事を終わってから妻との会話はほとんど無い。

Yes か No か。

どちらかで答えて下さい!

その答えが「右」であったり「昨日」であったり「帽子」であったり・・・

全く会話が成り立たないのは、何か理解出来ない機能障害でもあるのか? と思ってしまう。

Yes か Noでいいのに、だらだらとネパール語で説明されるとこちらも逆に取ってしまう。

言葉の10%でコミュニケーションを取っていて、感覚も違い、文化が全く違う女性と生活していくことがどういうことなのか? 

英語がこんなにも出来ない事もずっとレイクサイドにいたので想像以上だったけれど、風邪もひいてコミュニケーションも取れなくて、ビジネスは上手く行っていてもストレスと精神的に疲れて何をやっているのか? 分からない状況です。

大きな何かを間違えて、教えられてきた。
でもこの人に会って、その事に気付けた。
悔いの無い人生を過ごす上で、これだけではないけでどこのお話しは凄いお話しになりました。

日本の女性とネパールの女性は違う。


だから結婚して生活面はサポートしてもらえても、ビジネス面でアイディアを出しあったり話し合って変えていくことは以前と全く同じで、自分 一人で悩み考えなくてはいけない。そこのサポートはネパール女性には出来ない。


自分で考える力はゼロ。どのようにしていったらいいのか? 売り上げが落ちていく・・・
その精神的ストレスをサポートしてもらえない事が日本女性とは全く違う。


お互いに話し合い、アイディアを出し合い、精神的 苦痛を少しでも分かってもらいサポートしてもらい・・・ 変えていく。


それが全く出来ない。


どこまで分かっているのだろうか?


仕事面で妻はスタッフの一人。

自分が望んでいたのは共に考え、アイディアが1+1=1ではない情況。

結婚して日本の女性との違いを先ずその点で感じています。

と同時にそこに自分のビジネスマンとしての力の無さを痛感します。


ネパール タイムスの取材を受けました。

焙煎を主にコーヒー作りの過程を見てもらい、それを知ってもらうと同時に宣伝にもなる新たなプロモーションスタイルのカフェです。

この地に非画一的な在り方、文化を創っていく事が目的です。



  
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プロフィール
HN:
kazu
年齢:
47
性別:
男性
誕生日:
1971/09/08
職業:
パラグライダー
趣味:
たそがれ、物想い、静寂、心穏やか、不安、楽しむ
自己紹介:
Kazu
Japan spirits and pride
Professional tandem / Adventure pilot

世界最高峰のヒマラヤ、神の国ネパールで生きていく為に始めた空飛ぶ道具パラグライダーでコマーシャルタンデムをやっています。夢は神の山マチャプチュレへの冒険フライトに挑戦すること。
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